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第17話 : 夜明け

「ほう……。さすがに髪の色が同じだと、見分けは付かないだろうな」 


 柏木が、腕組みをすると、妙に感心したように呟いた。

 そこには、鏡に映し出したような、同じ容姿の藍達がいた。

 研究所を出て行くのに、日掛 藍になりすます為、藍が髪を黒く染めたのだ。

 お互いを見詰めながら、くすくすと笑い合っている。

 

「ねぇ、どっちがどっちだか分かる?」


 腰まで伸びた、見事な漆黒の髪を揺らしながら、一人がいたずらっ子の様な瞳で問いかける。


「分からないはず無いだろう!」


 思わず、拓郎と柏木がハモってしまい、お互いに視線を走らせ苦笑する。

 同じ遺伝子を持ち、ほぼ同じ環境で育ったと言うこの二人なのだが、性格は正反対のようだ。

 気性がはっきりして物怖じしない「日掛 藍」に対して、おっとり気の優しい「大沼 藍」。

 他人が見れば見分けは付くまいが、例え同じ服装をしていても見分けられる自信が、拓郎にはあった。それは、柏木も同じだろう。

 二人の藍達は、嬉しそうにきゃぁきゃぁ笑い合っている。 


「さぁ、お嬢様方、出発のお時間ですよ」


 柏木の声に、藍達の笑い声が止む。


「私、あなたと会えて良かった……」 


 藍が、今にも泣き出しそうに呟いた。

――勝ち気で、我が儘に見えるが、本当は優しい、幼い時からいつも一緒にいた”大好きな姉”。実は自分が、彼女の臓器移植用に作られたクローン体だと知っても、やはりこの姉が大好きだった――。


「私も、あなたに会えて良かったわ!」


 満面の笑みで、日掛 藍が答える。

 そして、ぎゅっと藍を抱きしめると、きっぱりと言った。


「さあ、行きなさい!これでお別れよ。いい? 幸せになるのよ。誰にも負けないくらい。じゃないと私、おちおち眠っていられないわ!」


 そう言って、笑いながら手を振った。




「大丈夫か、藍?」


 拓郎は昨日、藍を捜しに一人で登った坂道を、今度は、藍と一緒に降りていた。

 日掛生物研究所で、”あの話” を聞いた次の日の明け方、二人は、研究所を後にした。

 藍は、”日掛藍”として、拓郎はその友人として、誰にも見咎められる事もなく、正面玄関から、堂々と出て来たのだ。

 一人見送る柏木に、別れ際拓郎は、どうしても聞きたかった事を尋ねた。


「柏木さん……あなたは本当に、これで良かったんですか?」


 少し、面を食らったような顔をして、柏木はこう答えた。


「これで、いいんだよ――」


 そう言って笑った。

 

――もし、彼女がそう望むなら、自分は、迷わずクローン体からの臓器移植をしただろう。だが、彼女はそう望まなかった。だから、これでいい……。


 初めて見せたその笑顔は、とても穏やかだった。

 拓郎は、彼の手を固く握り、ありったけの思いを込めて頭を下げた。

 力強く握り返してくれた彼の手は、とても温かかった。

 その温かさで、きっと彼の ”眠り姫”を、見守り続けて行くのだろう。



「拓郎、私……。その、ごめんなさい……」


 そう言う藍に、拓郎は「ムッ」とした顔を作る。


「まったくだ! 俺が、どんな気持ちだったか、お前に分かるか!?」


「……」


 藍は、言葉に詰まってうつむいてしまう。

 拓郎は、藍と出会った頃良くしたように、少し腰を屈めて、彼女の顔をのぞき込む。


「一大決心をして――」


 両手の親指を折りカウントを始める。


「なけなしの勇気を総動員して――」


 人差し指。


「一回りも年下の彼女にプロポーズした次の日に――」


 中指。


「まんまとその彼女に逃げられた――」


 薬指。


「可哀相な中年男の気持ち、だっ!」


 そして小指。

 出来たグーでた藍のこめかみをぐりぐりと押した。


「きゃっ! 痛ったーい」


「黙っていなくなった報いだ。この家出娘!」


 二人はは顔を見合わせて――

 吹き出した。


「はい、左手を出す!」


 拓郎は、藍の左手をひょいっと掴み挙げると、その薬指に胸ポケットから取り出した指輪をはめる。


「私……」


「うん?」


「私、あなたが、大好き」


 そう言って笑う藍の大きな瞳から、ポロリと涙が一つこぼれ落ちる。

 それは、白いなめらかな頬を滑るように落ちて行く。

 拓郎はその頬に、キスを一つ。


 そして、その華奢な身体をぎゅうぎゅう、抱き締めた。 




「クローン体とは、非常に不完全な個体なのだ

 動物実験では100%の確率で、短命に終わる

 生殖機能も極端に劣る

 よしんば、子供が生まれても、育った例は無い

 それでも、君は、彼女と生きる道を選ぶのか?」 


 ――明日の事など、誰にだって分からない。

 もしかしたら、悲しい別れは、すぐそこにあるのかもしれない。


 それでも。


 俺は、彼女と共に生きて行く。


 もう決して、この手を放したりしない。


「さあ、家に帰ろう!」


 拓郎は、繋いだ手に力を込める。

 

 そして


 明け始めた明るい空に向かって、2人で歩き出した――。








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