第15話 : 眠り姫
「私ね、”眠り姫” になる事にしたの――」
日掛藍は、そう言って笑った。
「十年後か、五十年後か、それとも、もっと未来か――。いつか、医療技術が進んで、この病が治療可能になるその日まで――」
その笑顔には、何の陰りも無い。
「でね、その時誰も知ってる人がいないと、寂しいじゃない? だからね、私、子供を作る事にしたの」
そう言うと、いたずらっ子のように、ウフフと笑う。
「そしてね、いつかその時が来たら、子供達に起こして貰うのよ。素敵じゃない?」
彼女の卵子はすでに摘出され、冷凍保存されているのだと言う。
冷凍睡眠――コールド・スリープ――
それは、柏木浩介の本来の研究テーマで、半年前、藍を研究所から脱出させた時には、すでに決めていた事だったのだ。
すべての準備が整いつつある時に、藍が自らここに戻らなければ、事はこんなに複雑にはならなかったのだ。
ただ、問題が一つ。
それは、コールド・スリープの技術的な問題。
今現在、コールドスリープに入る技術は完成された。
しかし、その覚醒技術が未完成である事。
医療技術の進歩と、コールドスリープの覚醒技術の完成。この二つが揃わなければ、彼女を起こす事は出来ないのだ。
「だからね、私が眠りに就いてしまえば、さすがのお祖父様でも、どうする事もできないの。あなたは、もう自由なのよ、藍」
「でも……」
「大丈夫。心配しないで。私は、きっといつか目覚めて、元気な体になって、あなた達に負けないくらい幸せになってみせるから!」
その笑顔には、何の迷いも見られない。
「だからあなたは、彼と幸せになりなさい。いい人じゃないの。さすが我が分身! 男を見る目は確かね! 」
そう言って彼女は、「うんうん」と納得気に微笑んだ。
その微笑みの裏にある、侵しがたい確かな覚悟を、拓郎も藍もひしひしと感じていた。