表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

第14話 : 目覚め

「臓器移植の為に作られた、クローン体!?」


 拓郎は、柏木の言ってる言葉の意味が、理解できずにいた。

「臓器移植」 は、分かる。

 だが、「その為に作られたクローン体」 って何だ!?

 つい最近、「羊のクローン」が話題になった事は、拓郎でも知っている。

 だが、人間のクローンが十八年も前に成功していたなんて荒唐無稽な話、信じろって言う方が無理だ。

 それが事実だとしたら、それは倫理的に言っても法的に言っても、許される筈がないのだから――。


 拓郎は柏木からあの『水槽』は『低温生態維持装置』と言う名前で、生体を低温で一定の条件に保つ機能があるのだと説明をされたが、それすら未だに半信半疑だった。

 その中から出された藍は、今は、ベッドに横たえられて静かに眠っていた。


「そう、”大沼藍”は、この”日掛藍”の臓器移植の為に作られたクローンだ」


 その言葉を、何度も反芻してみる。 


「十八年前、日掛 裕一郎の妻が妊娠した時、その胎児に先天性の内臓疾患が見つかった――。その子供は、長い不妊治療の末やっと授かった子供で、もし、その子が無事に生まれなければ、今後、子を望むことは難しかった。


 彼の父、当時の日掛グループ社長の日掛源一郎は、その人脈と財力を使い、世界最高水準の医療施設を作り上げた。

 それが、ここ、日掛生物研究所だ――。

 表向きは、日掛のバイオ部門の一研究施設だが、実際は ”日掛藍” 一人の為につくられた医療施設だ。

 そこで、十八年前に行われたのが、臓器移植を目的としたその胎児のクローニングなのだ。

 それは、他人の臓器を移植するより、安全で確実だからだ……。

 ”大沼藍” は、この世界の何処にも存在していない人間だ。

 だから、もちろん戸籍もない――」 


 淡々と、事実を語る柏木の声を聞きながら、拓郎は、藍と出会った時のことを思い出していた。


「すみません……」


 と、連絡先を尋ねる拓郎に、申し訳なさそうにうつむいていた藍……。

 拓郎は、「家出娘のたわいない言い訳」と簡単に考えていた。

 あの言葉の裏にあった、あまりにも重い真実――。

 知らなかったとはいえ、その藍に対して何て無神経なことを聞いたのか。


 静かに眠る彼女の頬に、そっと触れてみる。

 伝わる温もりを感じて、拓郎は泣きたくなった。 


「向日葵って、いつも太陽を見詰めて ”凛”と立っているでしょう? あの強さに憧れるの……」


 不意に、藍の言葉が蘇える。


 拓郎は今まで、藍の過去や境遇について、あえて聞きただそうとはしなかった。

 それはいつか、彼女が自ら話してくれるまで待っていればいい、そう思っていたからだ。


 ――そんな悠長な事を言ってないで、無理にでも聞き出していれば良かったんだ! そうすれば少なくとも、今のこんな状況にはならなかった筈だ……。 

 たった一人で、こんな重荷を背負って生きて来た藍の一番近くにいながら、俺は一体何を見て来たのだろう? 

 初めて会った時、その妖精のような儚いイメージに被写体として強烈に惹かれた。

 初めて人物を撮りたいと思った。

 思いのほか頑固で、融通の利かない性格で、イメージとのギャップが可笑しかった。

 向けられる邪気の欠片もない笑顔――。

 いつしかその笑顔は、一番の宝物になった。

 純粋に、ただ「守ってやりたい」と思った。


 一緒に生きて行きたい

 そう思った――。

 夜ごと夢にうなされていた藍。

「守りたい」と思いながら、俺は、何をした? 


 苦い後悔の念と共に、拓郎はキュッと唇を噛みしめた。


 藍は、ただ静かに眠っている。

 少し寂しげな、疲れたようなその寝顔を見つめながら拓郎は、胸に込み上げてくるものを、押さえきれなかった。


「すまない、藍……。俺は、何も知らずに……すまない……」 


 後は声にならない。

 目頭が熱くなる。 

 頬を、一筋の涙が伝った。


「あなた……、泣いているの?」


 日掛藍が、驚いたように言った。

 そして、眠っている藍の顔をじっと見つめると、その頬に自分の頬をすり寄せて呟く。


「藍、あなた、いい人に巡り会えて、良かったわね……」


 彼女の瞳にも光るものが溢れ、その白皙のなめらかな頬を伝った。




 それは、不思議な光景だった。

 同じ顔、、同じ髪、同じ肌、……二人の同じ人間。

 違っているのは、その髪と肌の微妙な色合いだけ。

 日掛藍の漆黒の髪と、大沼藍の金茶の髪がさらさらと混じり合う。

 それは、まるで、神の気まぐれで二つに裂かれた一つの魂が、一つに還ろうと引き合う姿のようにも見えた。 


「う…ん……」


 藍が目を開ける。

 拓郎は、その右手をぎゅっと握った。


「……た、くろ?」


 まだ覚醒しきらず、声の出ない藍に拓郎は首を振る。


「私が、呼んだのよ。あなたを、連れってってもらう為にね!」


 日掛藍が目尻を指でぬぐいながら、言う。


「で、も、そう、した、ら、あなたが……」


 そのセリフを引ったくるように、


「でもも、へちまもないの! ばかね……。何故、戻って来たりしたの? せっかく、自由になれたのに。おかげで、変な時にお祖父様は来ちゃうし、こっちの計画がめちゃくちゃよ、もう!」


 そう言って、腰に手を当て、プン! と頬をふくらませた。


「計…画?」


「そう、とっておきの、計画!」


 そう言うと日掛藍は、ウィンクを一つ。

 そして、満面の笑みを浮かべた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ