第13話 : 再会
案内された二十畳程のその部屋を、まるで『豪華なホテルのスイートルーム』のようだと拓郎は思った。
洗練されたデザインの家具や調度品は、門外漢の拓郎にも高価であろう事が予想できた。所狭しと配置されている機器類が無ければ、そこが研究所の一室であることを忘れそうだった。
部屋の中央に、やはり豪華な木目調のベットがあり、一人の少女がベットの背にもたれるように座って、部屋の入り口に佇む拓郎をじっと見つめている。
拓郎は、思わず声を上げそうになった。
その少女の容貌には、見覚えがあったからだ。
腰まで伸びた長い髪。
抜けるような白い肌。
印象的な、大きな瞳。
彼女の傍らに寄り添うように立っていた、白衣の、メガネを掛けた四十がらみの男が、ゆっくりと拓郎にに歩み寄ると右手を差し出す。
「はじめまして。この研究所の所長をしています、柏木です。彼女の主治医でもありますが」
そう言って、少女の方を振り返る。
拓郎は、反射的に右手を差し出して、握手を交わした。
その柏木と名乗った男の表情からは、何も読みとる事は出来ない。
「……月刊ネイチャー・プラスの、芝崎です」
拓郎は、普段仕事を貰っている雑誌の名前を騙った。
「藍お嬢様のお知り合いとか。今日は、どのような御用向きでしょうか? ご覧の通り、お嬢様は余り体調が良くありません。出来れば、手短にお願いしたいのですが――」
表情を変えずに、柏木が言う。
少女は、ただじっと拓郎を見ている。その痛い程の視線を感じながら拓郎は答えた。
「俺は……。私は『大沼藍』さんに会いに来たのですが、彼女は何処にいるんですか?」
柏木とその少女が、目配せし合う。瞬間、プッとその少女が吹き出した。
「あははっ! 良かったわ。もし、私と彼女の見分けも付かないようなら、”のし”を付けてお帰り頂くところだったわ」
少女は、そう言って嬉しそうに笑った。
柏木もそれを見て、目元をほころばす。
拓郎は、何が何だか、状況が飲み込めない――。
「あの……」
――何が、どうなっているんだ?
どうして、この少女は、”藍” とソックリなんだ?
いや、ソックリなんてものじゃない。漆黒と金茶、その髪の色と、肌の微妙な白さの違い、それを割り引いてしまえば、普通は見分けなど付かないだろう。
双子か?
よく似た姉妹か?
でも何故、同じ”藍”という名前なんだ?
一度に聞きたいことが頭を巡り、結局、何も聞けないまま、言葉に詰まる。
「あなたに、ここの住所を書いた手紙を残したのはね、私よ」
そう言って少女が、いたずらっ子のように、ふふっ、と笑った。
「は?」
やはり話が飲み込めずに、拓郎は間抜けな声を上げてしまう。
――俺は、急に頭が悪くなったのだろうか。全然、意味が分からないぞ?
「さあ、とりあえず、君が探している”大沼藍”さんに会いに行きましょうか。ああ。これを着て下さい」
と、柏木から、何故か白衣を渡される。
拓郎は訳が分からぬまま、柏木達の後に続いてその部屋を後にした。
エレベターで地下に五階ほど降りるとそこには、一人では迷子になりそうな入り組んだ通路が縦横に走っていた。
研究所の外観からは、到底、こんなに広大な建物には見えない。せいぜい『地上四階建ての総合病院』と言った感じなのだ。
でもそれは、全体の一割程でしかないく、外界との連絡路は地下の専用トンネルで直接、麓の幹線道路に繋がっている。
柏木の説明を聞きながら拓郎は、それを可能にしている『日掛』の強大さを思い、慄然とした。
その部屋の入り口には、二人のガードマンらしい男が立っていた。
「所長、そちらの方は?」
白衣を着込んだ拓郎に、ガードマンの訝しげな視線が突き刺さる。
拓郎は内心ヒヤヒヤしたが、柏木はぴくりともその表情を動かさずに、飄々と答える。
「今度のプロジェクトに参加して貰う麻酔医の先生だ。前もって説明しておかなければならない事があるのでね」
柏木の表情は、見事に動かない。
「……了解しました」
ガードマンが道をあける――。
そして拓郎は、柏木と少女の後に続き、その部屋に足を踏み入れた。
目に飛び込んできた光景に、驚きの余り拓郎は、とっさに声を発することが出来なかった。
蒼い光の中、その薄暗い部屋の中央にあるのは、直径一メートル、高さがが二メートル程の円筒形の水槽のような物だった。
そして、その中に満たされた蒼い液体の中、無数のチューブに繋がれて浮かんでいる物、それは、紛れもなく拓郎の捜している『大沼藍』だった。
「藍!?」
名前を呼んで駆け寄る。
「おい!藍!!」
拓郎は水槽の壁を叩いて叫んだ。が、藍は何の反応も示さない。
「これは、どういう事だ!?」
ゾクリと、背筋に悪寒が走った。
「藍に何をした!?」
堅く閉ざされた瞳には、何も映らない――。
「何をしたんだっ!!」
拓郎の悲痛な叫び声だけが、蒼いその部屋に響き渡った。