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第11話 : 会長

「何? 会長が、いらしたと? 」


 よく言えば『機能的』な、まるで華美さの無い簡素な執務室で、部下に報告を受けた白衣の男は、普段の彼からは珍しく感情を表に、一瞬、怪訝な顔をした。


「はい、所長をお呼びしろと。藍様は、もう行かれています」


 この鉄面皮でも、”驚く”と言うことがあるんだな……と、珍しい物を見たような顔を部下がしているのも意に介さず、すぐいつもの ”鉄面皮”に戻ると、所長と呼ばれた男は答える。


「分かった、すぐ伺う」


「はい」


「……又、あの老人は……このタイミングで来るのか?」


 部下が退室したのを確認してから、彼は、声にならない声でもごもごと呟いた。

 野性的な、”動物的勘”とでも言おうか。

 藍の祖父、日掛グループ会長の ”日掛源一郎”には、一種の ”超能力”とでも言えそうな、不思議な勘の良さがあった。

 一見、普通の何処にでもいる好々爺であるが、その内に潜むのは、冷徹な企業家の顔である。

 目的の為には、手段を選ぶような男では、決してなかった。

 又、それだからこそ、一代でこの ”日掛王国” を築き上げたのだ。

 その男が、よりによってこのタイミングでここに来たからには、何かしらこちらの動きを察していると言うことだろう。


「……姫がボロを出す前に、助けに行くか」


 そう、やはり口の中で呟くと、一つ軽く息を吐き、男はその部屋を出て行った。 


「うん、もう! お祖父様ったら、藍をからかって!」


 男がノックをして、応接室のマホガニーの重厚な扉を開けると、にぎやかな笑い声が聞こえた。

 そこには、会長の日掛源一郎と、一粒種の孫娘の日掛藍が、楽しそうに談笑している姿があった。


「会長、所長がみえました」


 入り口に待機していた会長秘書に軽く黙礼して、静かに部屋に足を踏み入れる。


「お久しぶりです。会長。お体の方はいかがですか?」


 ニコリともせずに、型どおりの挨拶を済ませると、白衣の男は、藍の傍らに、つまり源一郎に向かい合って立ち、軽く頭を下げた。


「おお、柏木か、忙しい所にすまんな」そう言って、老人は親しげに笑う。


「いえ」


 やはり表情は変えずに、白衣の男、日掛生物研究所・所長の、柏木浩介かしわぎこうすけが答える。


「ふぉっ、ふぉっ。相変わらずだのう。まあ、そう言う所が気に入っておるのだがのう」


 そう言って老人は、ひとしきり楽しそうに笑った。

 が、口は笑っているが、その眼は決して、その笑いが心からの物ではない事を物語っていた。


「所でな、”あれ”の状態はどうかね?」


 まるで世間話をするような気軽さで、いきなり核心に触れて来た老人の質問に、柏木は内心閉口していたが、ごく冷静に答える。


「状態は安定しています。ですが、もう少しの調整が必要かと……」


 柏木がちらっと、傍らに座っている藍の表情を確認すると、彼女の顔は、傍目にもそれと分かるほど青ざめていた。


――まずいな。早く切り上げた方が良さそうだな。

 内心少し焦り初めていたとき、老人が穏やかに呟いた。


「そうか、では二週間やろう。二週間で全てを完了するのだ」


「!?」


 さすがに今度は、柏木も驚きの表情が隠せない。


「お祖父様!? そんな、急すぎるわ! 私まだ、心の準備が出来ていません!」


 藍が、思わず叫んで立ち上がる。


「何を言うとる。お前の為を思うて言うとるのだ」


 老人は、孫娘の狼狽ぶりも意に介さぬように、ごく穏やかに言う。


「半年前の様なことがあってはもう、取り返しが付くまいて」


 そう言って柏木を睨め付ける。


「でも!……」


 尚も食い下がろうとする藍を、柏木が右手で制して、


「お嬢様、そんなに興奮なさると、発作が起きてしまいますよ。ほら不整脈が出ている」


 藍の脈を取るとやおら、軽々と彼女を抱え上げた。


「せ、先生!」


 予想外の柏木の大胆な行動に驚いた藍が、その腕の中から降りようと、身じろぎをするのを『やめなさい』と目でたしなめ、柏木は恐れる風もなく、老人に進言した。


「会長、余りそのお話は、藍様の前で、なさらない方が宜しいかと存じます。それこそ、取り返しが付かなくなってしまいますよ」


 ごく穏やかに言う。


「おお、おお、悪かったのう藍。ワシももう、お前しか肉親がおらなんで、つい、お前の前でこの話をしてしまった。許せよ」


 柏木に抱えられた藍の手を握り、源一郎はすまなそうに詫びた。


「お祖父様……」


 藍が、力の無い笑みを浮かべる。


「それでは、お嬢様を少しお休ませしますので、失礼します」


 老人に会釈をすると、柏木は、藍を抱え上げたまま出口へと足を向けた。


「柏木」


 老人がその背に声を掛ける。その声は、決して大きくはなかったが、逆らうことを許さないそんな威圧感を含んでいた。


「二週間ですね、承知いたしました」


 柏木はそう答えると、藍を抱え上げたままその部屋を出て行った。




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