第10話 : 続く道
「こんちくしょっ!」
拓郎は、愛車のカローラのバンパーを、思いっきり蹴飛ばした。
愛車は何も言わなかったが、拓郎の右足が不平をならした。
「っ痛て……」
ジィンと痺れの走る右足を振る。
周りには、青木ヶ原もまっ青な鬱蒼とした原生林が茂りまくっていた。
「港が見えるヶ丘公園」で渡された手紙にあった、『日掛生物研究所』のあるI県のT市である。
I県 T市――。
各種研究機関が集まって出来た有名な新興の研究都市で、国の研究機関や国内外の大手企業の研究所が、軒並み連立している。
『日掛生物研究所』も、そんな研究所の一つのようだ。
ネットで調べた所によると、日掛生物研究所は、”あの”『日掛グルー』の一研究機関で、バイオ部門、主に、『農作物・家畜の品種改良等の研究・開発』を行っている所らしい。
その研究所と藍にどんな関係があるのか。
それは分からないが、とにかく『直に当たってみるしかない』と拓郎は判断した。
実は、「大沼藍さんを、お願いします」と、すっとぼけて、研究所の代表番号に電話を掛けてみたのだが、何と言うか、反応が妙だったのだ。
しばらく待たされた後、「どのようなご用件ですか?」と聞かれたので、「友人です」と答えたら、「そのような方は、在籍いたしておりません」と来た。
いない人間に対しての用件を、普通、聞く必要はないだろう。
それこそ、「そのような方は、在籍いたしておりません」とだけ言えば済むことだ。
何かある――。そう思った。
「ったく、何なんだ!この住所は!? 」
思わず口に出して愚痴る。
――しかし、何だって、こんな山ン中に研究所なんて造ったんだ?
いや……逆か。山の中だから、造ったのか。
むしろ、この手の物は市街地を避けて建てるのかも知れない。
素人の拓郎でもそうは思うが、これはちょっと異常だった。
仮にも、『市』と名の付く所に建っている研究所に行くのに、”道路” がないのだ。
いや、これは正確ではない。
確かに途中までは狭いながら、普通の ”舗装道路” だった。
それが、いつの間にか砂利道に代わり、今いる所はどう見ても ”獣道” の類にしか思えない。
何しろ、さほど大きくないカローラの車幅より狭いのだ。
拓郎は地図を引っ張り出して、もう一度確認する。
が、研究所に行くには、自分が今いる道しか描かれていない。
「ホントに、あるんだろうな……」
そこに立ち止まっていても、どうしようもない。
――そこに、藍がいるというのなら、行くまでだ。
拓郎は車を降りると、「雑誌の取材のため」と理由を付けて、研究所に入る口実に使おうと用意して来た仕事用のカメラ機材一式を担いで、もはや登山道と呼べそうなその坂道を登り始めた。