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第1話 : 失踪

2007/1

『藍Side』投稿に伴い、少しずつですが、全面的に改稿して行きます。

途中、お見苦しい箇所がありましたら、申し訳ありません。


携帯でも読みやすいように、改行・行間を多めに取っています。PCでは間延びした印象になってしまうかと思いますが、ご容赦下さい。

 m(_ _)m


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


2009/5

大幅加筆修正版の連載を始めました。

蒼いラビリンス〜眠り姫に優しいキスを〜

宜しければ、あわせてどうぞ♪

 四月の早朝、六時。

 寝静まっていた裏町も、除々に活動を始める。 

 うっすらと白み始めた町並の中、新聞配達のバイクの音が、何処かのんびりと空気を揺らしていた。

 

 東京とは言っても郊外の、オーソドックスな二階建ての木造アパートである。

 日当たり抜群の二階の東南の角部屋。

 1DKしかない手狭な間取りの、寝室として使っている六畳の和室、そのセミダブルのベットの上で、一人の男が睡魔と戦っていた。

 薄目を開けて、ベットサイドの目覚まし時計をちらっと確認すると、もぞもぞと寝返りを打つ。


――あと五分。いや、あと三分は眠れる……。


 そんなささやかな、男の無駄な抵抗を物ともせず、目覚まし時計は忠実にその任務を遂行していた。きっちり一分後、けたたましいアラーム音が、狭い部屋の隅々に響き渡った。

 

「……働き者だな」


 しょうもない事を呟きながら、愛用の目覚ましをポンと止めると、仕方なしにのろのろとベットから半身を起こす。

 今日は、九時に横浜で仕事の打ち合わせが入っていた。その前に片付けなくちゃならない事もちらほらある。どのみち起きなくてはならないのだが、どうも、早起きと言うのは苦手だった。

 ベットサイドに腰を下ろすと、寝癖の付いたちょっと伸びすぎた感のある硬い前髪を、手グシでワシワシと掻き上げる。

 だが、もともと低血圧気味の脳みそは、まだ半分熟睡モードのままだった。


 ふう――と溜息を付いて、頭を軽く振る。


 男の名前は、芝崎拓郎しばさきたくろう

 二十七歳。

 一見「TV子供番組の優しいお兄さん」と言ったひょろっとした風貌で、実年齢よりかなり若く見える。

 つまりが「童顔」なのである。


 職業は、一応フリーのカメラマンをしているが、『売れないカメラマン』と言うのが実状だった。

 ライフワークの風景写真を撮る傍ら、出版社から雑誌の仕事を貰って、食いつないでいる。

 何せ、気楽な天涯孤独の身。養わなけりゃならない親や家族が居るわけでもない。

 別に極貧だろうが、好きな写真が撮れてその日を食いつないで行ければ、それで不都合を感じたことはなかった。

 今までは―― 。


「ふぁっ。あい、コーヒー……」


 拓郎は、まだ半分以上眠っている脳細胞を酷使して、ベットに腰掛けたまま、同居人に呼びかけた。が、いつもならトーンの高い明るい声が帰ってくるのだが、返事がない。


「藍、起きてるんだろう?」


 隣で彼女が寝ていないのを再確認して、もう一度呼びかける。

 だか、やはり返事は帰って来ない。

 シンと静まりかえった部屋の空気が、どこか空々しく感じた。

 1DKしかない小さな部屋だ、聞こえないはずはなかった。

 隣にある三畳ばかりのキッチンを覗いても、ユニットバスにも彼女の姿はどこにも無い。


 普通なら、「コンビニに買い物を」とでも考える所だが、何というか、彼女にそれはあり得なかった。

 彼女は、一人で外出することはまずなかったのだ。

 買い物もしたことがないと言っていた。

 最初は、「どんな深窓のご令嬢か」と思ったものだが、からかい半分に尋ねても、「そんなんじゃないのよ」と笑うばかりで、その理由は教えてはくれなかった。

 拓郎も、気になりながらも無理に聞き出すことはなく、今まで過ごして来てしまっていた。


 おかしい――。


 いつもなら目覚めれば、となりで寝ているか、朝食を作っているかのどちらかだ。

 この半年一緒に暮らして、これ以外のパターンを拓郎は知らない。

 ――ならば、思い当たる答えはただ一つ。

 藍がここに、いないと言うことだ。


「藍――?」 


 時が止まった、いや、戻ったような気がした。

 半年前のあの日、彼女はこの部屋にやって来た。

 半年の間に二人の間で培われたもの。もしかしたら、その全てが自分の見た夢だったのではないか?

「藍」は、「大沼 藍」という女の子は最初からいなかった。

 そんな考えが頭をよぎる。


「馬鹿馬鹿しい!」


 恐怖を打ち消すかのように、拓郎は、頭をブルブルと振った。


 そんな筈はない。

 彼女は確かに昨夜まではこの部屋にいた。

 その温もりも、まだ、はっきりと腕の中に残っていた。

 だが現実に今、藍はここにはいない。突然消えてしまった。

 そして拓郎には、その理由が皆目分からなかった。


 嫌な予感が胸を掠める。言いようの無い不安が湧き上がってくる。

 拓郎には、自分に霊感だの第六感だのがあるとも思えなかったが、藍の身に何か良くない事が起こっているような気がして仕方がない。

『とにかく彼女を探さなくては……』その思いだけか先走った。


 急いで身支度をすると、部屋を出ようとしてハッと気付く。仕事道具、カメラ一式を無意識に担いでいたのだ。


「ったく! しょうもない!」


 こんな時にまで『カメラマン根性』が出てしまう自分に舌打ちをし、玄関にカメラを置くと、勢いよくドアを開けた。


 パサリ――と、白い封筒が落ちる。

 二日前、一緒に買いに行った、薄く向日葵の花が描かれている白い封筒……。


「向日葵の花に憧れるの」そう言って、少し寂しそうに微笑んでいた藍。凛と太陽をまっすぐ見つめている、その強さに憧れるのだと。


「夏になったら、一面の向日葵を見に行こうか」


 仕事で訪れたことのある向日葵牧場のことを思い出して拓郎がそう言うと、やはり寂しそうに微笑んでいた。

 白い封筒の中には、揃いの便せんが一枚。



『 拓郎へ

 短い間だったけれど、本当に楽しかった。

 何も聞かずに、一緒にいてくれて、ありがとう。

 黙って出て行くこと、許して下さい。

 さようなら。

 そして、心から、ありがとう。

  藍 』



 疑いようもなかった。

 藍は出て行ったのだ、自分の意志で。

 でも、いったいなぜ?

 そしてどこへ?

 あまりにも短い別れの手紙。

 そして封筒の中には拓郎が昨日、彼女の誕生プレゼントと婚約記念を兼ねて送った安物の指輪が一つ……。

 残った物は、それだけだった。


 拓郎はただ呆然と、狭い玄関に立ちつくしていた――。




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