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仁王立ちの唯の前に、正座で冷や汗かきながら、私はかくかくしかじかで全て洗いざらい吐き出した。
「…と、まあ、そんな事がありました。以上です…」
私が話始めてから、ずっと口を真一文字に引き結んで、黙りこくる唯。
そんな迫力満点な彼女を、(正座してるせいで)上目遣いに伺う。
…やばいよ。魔王様オーラで可愛らしいお部屋がどす黒い雰囲気満載になっちゃってる。
「…以上、じゃないでしょう?あんた、下手したら誘拐されてレイプされてバラバラ死体になっててもおかしくなかったんだからね?!そこんところ、わかってるんでしょうね」
その言葉を聞いて、ふと思った。
私、こうして無事に五体満足でいられるのは、本当にラッキーだったんじゃないだろうか。
ニュースで誘拐殺人とか、暴行とかレイプとか、何があるかわからない時代だし。
ストーカーが被害者に危害を加えるとか、普通に有り得る事なんだろう。
そこまで考えて、ハッとする。
ストーカー。
私、ストーカーされてるんだ。……この、私が。
ひゅっ、と息を呑む。
身体がガタガタと震える。
「……っゆ、ゆい…」
言葉が詰まって、やっと絞り出した声は、ひどくかすれていた。
唯は、そんな私を切な気に見やる。普段は勝ち気な彼女の目は痛ましげに細められ、うっすらと涙が浮かんでいる。
「わ、わたし…っ」
伝えたい事があるのに、喉の奥に何かがつっかえた様に、上手く話せない。
「…っ知恵里!いいよ、無理に話さなくてもっ…」
座ったまま俯いてしまった私を、唯はぎゅっと、強く抱きしめた。
「ち、違うの!」
唯の胸にすがり付きながら、私は顔を上げて、口を開いた。。
「私、かっ、彼氏よりも先にストーカーができちゃった!」
人って、あまりにも興奮すると身体が震えたり、喉がつっかえて言葉が出てこなかったりするんだね。初めて知った。
目を輝かせ、興奮しすぎて頬を赤く染めた私は、唯の麗しい顔もまた、(怒りで)真っ赤に染まっていった事に気づかなかった。
怒りで戦闘力の増した唯様に、しこたま殴られました。「危機感が足りなさすぎる!」とか「泣きながら警察に駆け込んでもおかしくないレベルの話でしょうが!」とひたすら私を怒鳴りつける唯様。
ここまで自分を心配してくれるなんて…やっぱり持つべきものは親友だわ。と内心激しく嬉しい。
「ストーカー、か…」
ぽやん、とあの変態の顔を思い浮かべる。恐ろしくイケメンな癖に、言動が残念すぎる変態。
肉食獣みたいな目をしてて、私に息もできないようなき、きっ、…キスをしてきた変態。
ちょっとはにかみながら、大事そうにしまい込んであった婚姻届けを見せてきた変態。
「なんだか、あいつに殺されるって気は全然しなかったんだ。…貞操の危機は常々感じてたけど」
自分で言った言葉に、ふっと笑いが込み上げる。
そうなのだ。私、あの変態に嫌悪感とか、恐怖心とかをそこまで抱いていないみたい。
…やつを散々殴って股関蹴って全力で逃げ出しといて、何言ってんだって思われるかもしれないけど。
だって、この平凡で「恋愛?何それ美味しいの?」で生きてきて、最近やっと洒落っ気に目覚めて(と言っても他の女子の標準装備程度)おしゃれをし始めた私がだよ。
あらいやだ!ストーカーされてるんですってよ!大阪のオバチャンもびっくり。私、大阪のオバチャンの標準装備の飴チャン、箱ごともらえるんじゃない?
と、まぁおふざけをしたところで。
「その変態も普通じゃないけど…知恵里もなかなか普通じゃないわよね…」
溜め息をつきながら、呆れた目を向ける唯。
だって、あの変態ぶっ飛びすぎてておかしいんだもん。
「私だって、あんな体験しながらこんな間抜けな事言ってる自分にびっくりだよ」
「こっちはその数倍もびっくりよ。あたしだったら、絶対警察に駆け込んでるね」
「でもさ、私最近不幸な事に全くといって良いほど、遭遇してないでしょ?それって、あの変態が後ろから守ってくれてたからなんだって!」
「あたしだったら、後ろ着いてこられてる時点でアウトね。むしろ、いつも後ろから見られてるって…気持ち悪いにも程があるわよ…」
目を輝かせる私に、唯は呆れた様に呟いた。