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「知恵里?」
大口開いて、ぽかんとする私をじっと見つめる変態。
いつの間にか、獣のようだった強い眼差しが、優しい眼差しに色を変えている。
「私、あなたと会った事あったっけ…?ていうか、婚姻届…」
放心状態でぼそぼそ話す私。もはや茫然自失とはこの事か。
茫然なう。
私なう。
なうなう…現実逃避してしまうくらい、私は混乱しているみたいだ。
呟き程度の言葉をしっかり聞き取っていた変態は、目を細めて
「実際に会うのは今日初めてだ」
と、のたまった。実際って何。今までの人生であなたと接触もしくは視界に入れた記憶は1ミクロンたりともないんですけど。
はぁ?って顔してたのを読んだのか、
「…悲しい事に、知恵里は俺がいつもそばにいたことに気づいていなかったからな…」
そんな悲しそうな顔されても。…全く、記憶にございません。一体、いつどこにいたのか。
わからない…と頭を悩ませていると。
変態は、またベッドの端に戻ってあぐらをかいた。長い足を組んで、ふう、と溜め息を一つ。
「知恵里は、危なっかしいからな。いつも見守っていた。時には、物陰から。時には、10歩後ろから。知恵里の頭上目掛けて落ちてきた鳥の糞を、知恵里に当たらない様に処理したり。知恵里に声を掛けようとした男を処理したり。ああ、知恵里のアパート周辺と通学路は、知恵里が大学入学前に整備させておいた。
目を離すと側溝にはまっていたりするからな。他にも、色々と…な」
にやり、と色気をにじませて口許を歪める。
な。じゃないからっ!!!!
色々聞きたくない事とか聞いちゃった気がするし…!
ていうか……
「あ、あっ、あなたいつから私を知ってるの?入学前からって…それに、こ、ここ婚姻届!なんで私の情報知ってるの?勝手にあんなの書いて…犯罪でしょっ!?」
興奮のあまり、口が回らなくなってきてる。何故か、もう怖さよりも単純に怒りが沸き出てくる。
この変態が頭おかしすぎるせいか。
「落ち着け知恵里。あまり興奮すると体に毒だ」
「あんたが興奮させてるんでしょ!このっ、変態…!だいたい、さっきから知恵里知恵里うるさいっ!…勝手に人の名前よばにゃいでっ!」
気づいたら、ベッドに仁王立ちで怒鳴ってた。顔は真っ赤で息も乱れてぜいぜいしてる。
こんなに怒りでいっぱいになって、大きな声を出したのは人生初かもしれない。
肩で息をしながら、変態を睨み付ける。奴は足を組んだまま、顔を真っ赤にして…真っ赤に……て、え゛えぇ?!まだシリアスなシーンだと思ってたんだけど私?!
変態は真っ赤な顔を片手で隠し、
「くそ、反則だ…知恵里が俺に興奮してくれるとは…しかも、最後で噛むなんて…くっ、可愛いすぎる…もういっそこのまま最後まで…いや、落ち着け…」
何やらぶつぶつ呟いてるけど…ああお母様、今だけはこの地獄耳を授けてくださった事を恨みます。