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はい確かにここのスーパーの、きんぴらごぼうは少し他の店よりピリ辛さが私には丁度よくて、大変好ましい味付けなんですけども
でもなぜそれを貴方が知っていらっしゃるのかおおいに疑問が残るのですが
というか、さっきからぎゅうぎゅう握ってくる手の感触が気持ち悪くてですね、なんと言うか離さねぇぞみたいな怨念めいたものを少なからず感じてしまうのですが
ああ、私はどうすればいいのかな
とりあえずこの手を離してくれないかな
「あ、あのっ…」
「どうした?」
ひえっ、耳元で甘ったるい声を出さないで下さい。甘すぎて砂糖が耳から溢れてきそうだよ。
「手、手…手を」
まずい。動揺しすぎて言葉が出てこない。しっかりしなさい、智恵理!!ここでこの変態に流されてはいけないでしょ!
「ああ。すまない。ずっと手をつかんだままではカゴに入れられないな。俺がカゴを持とう」
言いながら、ナチュラルに私の手からカゴを奪い取る変態。さりげなく、きんぴらごぼうもカゴにin。
えっ。
何故いつの間にか、私の連れですよ、みたいな顔して隣に並んでるの?なにそのハイパースキル。怖すぎる。
「このきんぴらごぼうは智恵理が食べてくれ。俺は残りの肉じゃがで大丈夫だ」
いや、大丈夫じゃないだろう。何故私が肉じゃがをつくったことをご存知なのかしら?
「味付けがうまくいったと喜んでいただろう。白米を三杯もおかわりするとは、智恵理は可愛いな。食べた後に体重計に乗って項垂れているのも可愛かった。大丈夫だ、少しくらい肉付きが良くなっても充分に魅力的だ。むしろ、多少肉が付いていた方が長生きする傾向があると、研究結果が出ている。」
口をあけたまま、ぽかんとバカ面さらす私。ちょっと脳内がパンクしてるみたいだわ。突っ込みどころがありすぎる。
「なんで、肉じゃが…え?なんで体重計とかっ…なんでなんで!?」
パニックになって、なんでしか口から出てこない。もっと聞きたいことがたくさんあるんだけど。というか、今後の生活のために聞かなければいけないと思う。
「ああ、隣に越してきたって言っただろう?たまたま『聞こえた』んだ」
そんな馬鹿な。私そんなに大きな声で独り言言ったりしないからね?でも、もし万が一にも「わあ、肉じゃがうまくできた」なんて隣に筒抜けなくらいの馬鹿でかい独り言言ったとするよ?でも体重計に乗って~のくだりは見てなきゃわからないことだよね?それを何故貴様が知っているのかしら?
「でも…た、体重計は…」
心の中では強気でも、いざ発言するときには弱気な私。うん、情けないね…
「そう言えば、鞄を忘れていたようだから、持ってきた。なかなかうっかりしているな、智恵理」
「ああっ、私の鞄!!」
差し出された茶色の鞄を引ったくるように変態から奪い、急いで中を確認した。
よかった、財布も携帯も鍵も、全部ある。
…なぜか折り畳まれた婚姻届が入っていたけれど。例によって、全て記入済みの。…見なかったことにして、私はそれを無言でくるくる丸めて奴のズボンのお尻のポケットにねじ込んでやった。
こらこら、ガッカリ、って顔をするんじゃない。
ともかく、鞄が帰ってきた。ほっと息を吐いて、思わず鞄をぎゅうと抱き締める。無事に帰ってきたことに安心した。
ところで、人間って安心すると気が緩むのかな?いきなり私のお腹が大音量で、怪物の鳴き声のような異音を響かせた。
「…くっ」
私も一応乙女な訳で。人にこんな怪物のような腹の音を聞かれたら恥ずかしいよ。そりゃあもう、お・と・め!ですからね。大事なことだから二回言いましたよ。
そうです。乙女なの私。だから目の前で腹を抱えて大笑いされたら、かなり恥ずかしい。
変態、息をするのも苦しいってくらいに笑ってくれちゃってる。大きな体を丸めて笑うのって、案外と可愛いんだな、なんて初めて思ってしまった。
やばい、空腹のあまりに頭がやられたのだろうか。
変態は笑いの名残を若干残した口調で「ここで少し、待ってて、くれ」とやっと言い残すと、カゴを手にどこかへ行ってしまった。
待っていろ、と言われたけれど…
別に変態と仲良しこよしな訳でもないので、店内をふらふらと歩いた。五分程歩いていると、後ろから手を取られた。振り向くと、変態が買い物袋を手に不満気な顔をしていた。
「歩き回っていると思った。自由な所は、猫のようで可愛いな。だが、毎回ふらふらとされては不安だ…智恵理、今度首輪…いやネックレスを買いにいかないか(発信器付きの)」
「……結構です」
真面目な顔して、何を抜かすかと思えば。いちいち発言が犯罪者だ。本当にやめてください。そして誰かこの変態を捕まえてください。
もう通報してしまおうかと思っていると、変態が買い物袋を私の手に握らせてきた。
「色々と買ってきた。もう遅いから、まっすぐ家に帰るんだ」
渡された袋を見てみると、きんぴらごぼうにお惣菜のサラダ、蒟蒻ゼリーにアーモンドチョコレートにレモンティー。それになんと、天使のふわふわ口どけプリンまである。
恐ろしいことに、どれも私の大好物どんぴしゃり。特にプリンは大好物中の大好物で、何か嬉しいことや頑張った時にご褒美として買っていたご馳走プリンなのだ。私のテンションは一気にMAXになってしまったよ!
なぜ私の好みを知っているのかしら、なんて疑問も浮かんだけど、好物ばかりをもらった嬉しさの方が勝ってしまった。単純だけど、今を生きるのが私だから!!
「ありがとうっ」
嬉しすぎて、堪えきれない笑みがこぼれてしまう。
そうしたら変態は急にそわそわして挙動不審になり、「それじゃあまた」なんて一言を残して、走り去っていった。ああ、行っちゃった。私がさっきお尻ポケットに押し込んだ婚姻届、尻尾みたいになっちゃってるよ。
…ん?あの格好でレジに並んだのか奴は。なんて間抜けなの…
変態が尻尾生やしてレジに並ぶ姿を想像すると、ちょっと笑える。それに、さっき走り去る時にちらっと見えた耳が真っ赤だったのを見て、可愛い人、なんて思ってしまった。
いけないいけない。あんな変態が可愛いなんて、ついに空腹で頭がやられたのかも。
早く家に帰って食べてしまおう。
私は暗い夜道を一人で急いだ。
普通、こんなに遅い時間に一人で暗い道を歩くなんて有り得ないんだけど。後ろに誰かの気配があったから、何となく怖くなかった。少し歩いて振り替えると、電柱に慌てて隠れる誰か。しっかり隠れたつもりなんだろう。
でも、お尻ポケットから婚姻届の尻尾がはみ出してますよ。変態さん。
笑いを堪えながらの帰り道は、なんだか短く感じた。
家に着いたら、あれだけうるさく騒いでいたお腹がなぜか空腹警報を解除していた。
私はプリンだけ食べて、シャワーを浴びて寝ることにした。あれだけお腹が空いていたのに、プリン一個でふくれてしまったお腹を撫でながら、布団をかぶった。
普段、おやすみまで三秒の私。でもその日は不思議と、なかなか寝つけなくて。
私がやっと夢の国に旅立ったのは、布団をかぶってから10分後だった。
盗聴、盗撮疑惑ですね。しかもヒロイン、さりげなく話題をそらされて尋問するのを忘れています。
ちょっと馬鹿な子って、好きです。
もうお気づきかも知れませんが、作者は変態的な攻めが好きです。好きなんです。