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でもね、私実はちょっと嬉しいんだよね…生まれてきてからずっと、家族愛とか友情以外の愛情をぶつけてきてくれる人なんていなかったし。
こんな私でも、恋愛の対象として見てくれている人がいる。それが純粋に嬉しくてたまらない。
私だって、一応オンナノコ、なのだ。
「モッテモテの唯には、分からないかもしれないけどね…」
うふふ、と笑う私を気味悪そうに見る唯。受かれちゃってる無敵モードの私には、そんなのは全然気にならない。
「警察に言わないっていうのが納得できないけど…それで?その変態男をどうするつもりなのよ。知恵里の家の隣に引っ越して来たとか…もう、並のストーカーの範疇じゃないわよ?」
「それに関しては、交渉あるのみかな。あいつ私がいいって言うまで手を出さないとか言ってたよ」
記憶をたどってみると、そんな事を言われたような気がする。
「そんなの嘘に決まってるじゃない!だいたい、キスされて押し倒されて体撫でまわされて、『あいつ悪いやつじゃないよ~。』なんて言える神経が分からないわよ!あんた、もっと自分を大切にしなさいよね!?」
いつもお姉さまぶってる唯には珍しく、頭をがしがし掻き回す。よっぽどご立腹のようで…。
駄目だ。私が今何をいっても、火に油を注ぐだけみたい。
唯様、ついには「も~っ!!」とか言って暴れ始めた。
大人っぽい唯だけど、たまにこうやって感情のままに暴れたりする事がある。その多くは、私のせいだったりするんだけど…それは置いといて。
彼女がこうなった時、私は黙ってそっと見守るのがお決まりになっている。下手にまた何かやらかして、更に彼女の怒りを煽らないようにである。
…長い付き合いの私たちだから、なんとなく、
お互いの考えてる事はわかる。
今回の事は…唯の予想の斜め上どころか、真上をジェット機で駆け抜ける位、予想外だったんだろう。
なので、普段の暴走よりも力が入ってるように見えるのは、私の気のせいなんかじゃないと思う。
時間にして、10分程暴れた唯は、まだまだ暴れていた。
でも若干勢いが落ちてきているから、そろそろ大人しくなる頃かな。
私が気を抜いたその時、
暴れる唯の手に当たって、積み上げてあった紙の束が崩れて足下に散らばった。
「あ~あ…」
仕方ない、片付けるか…。
唯は、ちらっとこっち見た後に気にしないでまだ暴れてるし。
しぶしぶ散らばった紙を拾っていると、
「…えっ?これ…」
一枚の紙を手にとって、私は固まってしまった。
「変態がいる」
「はぁ!?」
呟いた瞬間、パシンっと手にしていた紙を唯にかっさらわれた。
あ、まだ内容見てなかったんだけど。
「どこにその拉致監禁ワイセツ野郎がいるのよ?」
お嬢さん。なんか話が大げさになってるんですけど。
「いるよ、ここ。ほら、こいつだよ」
唯の手元の紙に写る写真を覗きこみながら、一面にでかでかと写っている変態を指で指し示す。
花束を手にして、マイク片手にスピーチをしている写真。仕立ての良さそうなスーツをビシッと着こなしていて、こないだとはまた違った印象を受ける。
隙のないイケメン。
うん、そんな感じ。
「こ、この人で間違いないのね…?」
「うん、こいつだよ。なかなか見間違えようのない顔してるもん」
こうして普通にしてると、とてつもないイケメンなんだよね、この変態。
こいつの部屋でキスされた事とか、その他のアダルトちっくな事とか、つい先日の事なのに、私の夢だったんじゃないか、って思ってしまうくらい。
人間、見た目じゃないんだな。
ってしみじみしていると、唯が持っていた紙をぐしゃっと握り潰していた。
「わっ。いきなりワイルドに何してるの?
」
「何してるの?じゃないわよ!!この人が誰だか知らないの!?」
「そんな、どこかの印籠見せびらかす人みたいな事言われても、知らないよ。」
「この人を誰だと思ってるのよ!?この人はね、
うちの大学の教授よ!!
」
「えっ?全然見たことないんだけど…」
「当たり前じゃない。二階堂教授はめったに人前に姿を表さないのよ」
それって、社会人として…いや、人としてどうなのかな。
「引きこもりって事?でもそれでよく教授とか務まるね」
「二階堂教授は遺伝子についての研究をしてて、それが学会やなんかで世界的に認められているの。だから、教授が実績を残してくれれば、大学としては引きこもりだろうがなんだろうが構わないのよ。」
「ふーん…」
…よくわからないけど、すごい人だったんだ。変態。
ふむふむ、と感心していると、唯がそれにね、と続ける。
「海外の大学で飛び級して、25歳の若さで教授という地位まで登り詰めて。今じゃあ史上最年少のノーベル賞候補として注目されているのよ。…覚えてない?あたしたちがこの大学に合格が決まってすぐに、ちょっと騒動があったでしょ。有名大学からとんでもなく有望な教授が移ってきたって」
「…あったっけ?」
その頃は、合格が嬉しくて嬉しくて、頭に花がさいていた。つまり、頭の中がとんでもなく春だった私。
そんな騒動、あったとしても完全にスルーだったに違いない。
「まぁ…その騒動の事はどうでもいいのよ。問題は、このとんでもない人があんたのストーカーって事よ」
ふう、と溜め息混じりに
吐き出す唯。
「大丈夫。それについては私に作戦があるの」
うふ、と笑う私。
唯が胡散臭げな視線を投げ掛けてくるけど、私は気にしない。
なぜなら、これしかない!!という作戦を考え付いていたから。
私、変態に立ち向かってみようかな。なんて、思ってみた。