元ぽっちゃり令嬢ですが、すっかり締まり屋になりました
子供の時から、わたしはぽっちゃり令嬢として有名だった。
家はそこそこ裕福な子爵家で、わがままを許される一人娘はやりたい放題。
幸い食べ物にしか興味が向かなかったので、そこまで散財はしなかった。
しかし栄養の過剰摂取は甚だしく、結果太った。
淑女教育はそれなりに受けたが、よほど経営に疎い婿を迎えない限りは問題なかろうと家庭教師も甘く、両親も甘い。
ぽっちゃりキープでのんびり育ち、やがて本格的な婿探しを始めたのは十五の歳。
その頃のわたしは、お茶会に出ても親しい友人はおらず、太り過ぎの容姿を陰で笑われるような娘だった。
しかも、同世代の女子に笑われても別にお見合いに影響するわけじゃなし、と妙な精神力を発揮して悠然としていた。
ところがある夜のことだ。
領地屋敷の談話室で釣り書きを広げ、最初はどの方とお会いしましょうか、と家族三人で楽しく品定めをしていたのだが。
「あらこれ……」
お母様が口元をハンカチで抑え、少しうつむいた。
「まずいかもしれないわ」
小さなつぶやき。
「どうかしたのか?」
「お母様具合が悪いの?」
お父様とわたしの心配にも返事を返さず、世話係のメイドに目配せして部屋を出て行くお母様。
「大丈夫かしら?」
「なんだったのだろう。
自分で歩いていたから、そこまで緊急事態というわけではなさそうだが。
あまり心配しないで、お前はもう休みなさい」
「はい、お父様、おやすみなさい」
執事もまだ起きている時間だし、わけもわからず右往左往しては邪魔なだけなので、わたしは素直に部屋に戻った。
翌朝、お母様は無事に朝食の席に出てきた。
だが、朝の挨拶もそこそこに、いきなり謝罪されてしまう。
「ごめんなさいね」
「お母様?」
「あなたのお婿さんを選ぶところだったのに……実は私、赤ちゃんが出来たの」
今朝、お客様の予定もないのに馬車が出入りしていたのは、お医者様の送り迎えだったのだ。
「まあ、おめでとうございます!」
「あなたは喜んでくれるのね」
「もちろんです」
おめでたい話だというのに、お母様もお父様もなぜか困惑した顔をしている。
「今来ている婿候補の釣り書きは全てお返しすることになる」
「え?」
「本当にごめんなさいね。
もしも、生まれてくるのが男の子だったら、お婿さんを迎えるわけには行かなくなるし」
「ああ、確かにそうですね」
もしも跡継ぎの男子が生まれたら、わたしは嫁入り先を探さなければいけない。
両親がもっと高齢であれば、中継ぎでもいいと言ってくれるお婿さんを迎えるというのもありだ。
しかし、両親はまだ若い。来年、弟が生まれたとしても、当主教育をする時間的余裕は十分にある。
そして、生まれたのが女の子なら、改めてお婿さんを探せばいいのだ。
のんびり育ったわたしは、気楽に考えた。
「わかりました。来年にはわたしもお姉さんになれるのですね。楽しみです。
お母様、わたしも近い将来には赤ちゃんを産むかもしれないのです。
この機会にいろいろ教えてください」
「ええ、そうね。
迷惑をかけるかもしれないけれど、あなたがそばにいてくれると心強いわ」
久しぶりだったお母様の出産はまあまあ大変だった。
つわりは軽い方だと喜んでいたのも束の間、産み月が近づくと双子だということがわかり、出産には産婆のほかに医師も立ち会うことに。
家の中の緊張感はどんどん高まっていった。
出産に少々手間取ったものの、やがて双子は無事に生まれ、お母様も命を長らえた。
だが、それで終わりとはいかない。
双子だからなんでも倍の手間がかかるが、十分な人手はすぐに手配できなかったので家中てんやわんや。
乳母もメイドもくたくた。
もちろん、お母様もくたくたである。
自分から『いろいろ教えてください』と言った手前、さすがのわたしも一人のんびりとはしていられない。
あれやこれやと手伝ううちに、最初はお嬢様だからと遠慮していた使用人たちからも戦力に数えられるようになり、立派に同志として迎えられた。
積極的に世話をしたせいか弟も妹もわたしによく懐き、長く離れると泣かれてしまう。
子育てチームから外れられないために婚活は延び延びになり、いつしか三年が過ぎた。
十八歳からの婚活は、貴族女性としては少し遅めのスタートだ。
気の短い人ならば行き遅れの烙印を押してくるので、これ以上は引き伸ばせない。
侍女とメイドと二人の護衛を付けてもらい、わたしは久しぶりに王都の夜会に参加することになった。
領地にこもっていたので王都の流行もわからない。
お母様が昔の友人から信用できるドレスメーカーを紹介してもらい、とりあえず最初の夜会は既製品で間に合わせることにした。
子供の頃のままのぽっちゃりスタイルだったら、こうはいかない。
この三年、家族のためによく働いたわたしはすっかりスリムになり、背も伸びて、まあまあ平均的な体型になっていた。
既製品でも似合うものを選んでもらえば、そこそこ行けるだろうというのがお母様の考えだ。
「お嬢様は本当にスタイルがよろしいですね。
これでしたら、どれをお勧めしても似合いそうで、こちらが悩んでしまいますわ」
という店員の言葉を、わたしはセールストークだと思っていたのだが、そうでもないらしい。
なぜなら、同行した侍女も頷きながらドレス選びに参加したからだ。
「可愛らしいのもまだまだお似合いになるとは思いますが、婚活という事情もありますし、大人っぽいものがいいだろうと奥様から言いつかっております。
ですが、本当にどれも似合いそうですわね」
ほぼ丸一日を費やして、ドレスをとっかえひっかえ。
こちらはそのために来ているのでいいのだが、店員さんは一着分の既製服しか買わない客に、よく付き合ってくれたと思う。
せめて丁寧にお礼を言うと恐縮されてしまった。
夜会当日。
三年のブランクがあるが、見知った顔もいくつか見える。
会場に入ると近くまで寄って来たので、こちらも挨拶をしようと身構えた。
だが、全員が驚愕の表情を浮かべ、一定の距離から踏み込んで来ない。
「あの子、あんなに綺麗になったの?」
「ぽっちゃりのポの字もないじゃないの!」
「三年前にこれだったら、私、負けていたかも……」
彼女たちはどうして本人に聞こえるところで、そういうことを話すのか。
変わらぬ様子に心配になる。
だが、三年も隠れていたぽっちゃり令嬢を笑ってやろうと待ち構えていたならおあいにくさまだ。
実はわたしのお母様は社交界デビューした時、十年に一人の美姫と言われた人である。
わたしがぽっちゃり令嬢と陰口を言われたのは、その娘だからという理由もあった。
遠巻きにされて話しかけられることも無いので、どうしようかと思っていると一人の令息に声をかけられた。
「お一人ですか?」
振り返ってみれば、身体ががっしりしていて体幹も安定した、体力のありそうな男性がいた。
子育てを手伝う間、人間は健康ですぐに動けるのが一番という考えがすっかり染みついてしまったわたしには、顔の美醜はどうでもいい。
王子様みたいな人にふんわりと憧れていた、十五歳のわたしはもういない。
「ええ、久しぶりの社交界で友人もいませんので」
「おや、それは私と気が合いそうだ」
このご令息は二十歳ぐらいかしら?
デビューしたての若い方とは一味違う、少々油断のならない雰囲気もある。
「ここ三年は子供の世話ばかりで。
社交界の流行も存じませんから、話の輪にも加われませんの」
「子供の世話……」
さすがにご令息が固まった。
あら、可愛らしいところもあるじゃないと思うと、口調もやわらかくなる。
「あら、驚かせてしまって申し訳ありません。
でも、わたしの子供ではありませんわ。
母が双子の弟妹を産みまして、人手が足りずとにかく手伝わないとどうにもならなくて忙しく過ごしていました」
「ああ、なるほど。
ということは、あなたはハヴェル家の方でしたか」
「はい」
双子は珍しいので、どこかで話を聞いたのだろう。
「私も隣国の田舎の方に行っていたもので、洒落た話題はさっぱりです。
良かったら今度、一緒に流行を調査しに行きませんか?」
まあ、いきなりデートに誘われたのかしら。
「調査とは何をしますの?」
「まずは王都の目ぬき通りを散策して」
それは連れがいた方が楽しそうだわ。
一人では億劫になりがちですもの。
「流行りのファッションを一通り冷やかして」
あらいいわね、冷やかしならお金がかからなくて。
昔のわたしなら、お金の心配などしなかったけれど、弟妹ができた今は締めて行かないと。
「今、王都で一番の美味しいものを食べながら」
「あら、素敵」
「お互いのことをよく知り合いましょう」
「うふふ」
まさか、家も通さずにすぐ返事も出来ないからお茶を濁す。
すると彼は新たな話題を出してきた。
「実は三年前に釣り書きをつっかえされましてね。
その頃、あまり婚約に乗り気ではなかったものですから、これはいい機会だと馬の飼育を学びに国を出たのですよ」
「まさか」
「ええ、あなたのお家からです」
「その節は申し訳ありませんでした」
「いえいえ、おかげでいい口実が出来て好き勝手できたわけですし。
むしろ、ありがたかった」
「それならいいのですけれど」
「それで、あなたが婿取りから嫁入りに立場が変わったように、この三年で私も立場が変わりました」
「どう変わりましたの?」
「叔父の家の婿取り娘がどうしても嫁に行きたいというので、私が養子に入ることに」
「まあ、よろしかったですわね」
「ですから、婚約者を募集中でして」
「良い方が見つかるとよろしいですわね」
「そうおっしゃらず、第一候補に名乗り出てはいただけませんか?」
「わたしがですか?」
「これもご縁ですから」
「そうおっしゃられると、確かにご縁はありますものね」
話を聞けば、彼を養子に迎えたのは我が家の領地から日帰りも可能な子爵家だ。
良い馬を育てることで有名である。
「自慢ではありませんけれど、弟妹はわたしによく懐いていて、今回も王都に出てくるだけで泣かれてしまいまして」
子供のことだから成長するにつれて、興味や執着の対象は変わっていくのだろうが、今のところは「ねーしゃま、ねーたま」とユニゾンするのが可愛い。
「婚約出来たら手始めに、弟さんにポニーを贈って手なずけましょう」
彼の話の運びが少々強引に感じられたので話題を逸らすつもりが、真面目に返事をされてしまった。
今のところ妹の方が活発そうなので、ポニーは二頭用意していただいたほうがいいかもしれません、と言いそうになって気が付いた。
もう彼に惹かれ始めている。
けれど、わたしも十八の淑女。
出来るだけ落ち着いて見えるように心がけながら言った。
「釣り書きを送っていただけたら、すぐに拝見いたしますわ」
「文章は得意ではありませんが、心を込めた手紙を添えましょう」
彼が継ぐ領地には馬を駆けさせる広い草原があったはず。
草を分けて追いかけ合う二頭の馬が見えた気がした。
視界のギリギリ端には二頭のポニーが一生懸命走っていて、振り返った逞しい牡馬は少し速度を緩めてくれるのだ。
「ありがとうございます。
わたしも負けないお返事が書けるよう、心掛けておきますわ」
その気がないのなら、本人が返事を書くことはあまりないので、これはもうお受けしますと言ったようなものだ。
それに気が付いたのはホテルの部屋で一人になってから。
少しも落ち着いていなかった自分がおかしくて、ベッドで笑い転げた。




