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お電話ありがとうございます。柊まどか探偵事務所でございます。

作者: ROSE
掲載日:2026/06/13

「お電話ありがとうございます。柊まどか探偵事務所、柊でございます。本日はいかがなさいましたか?」

 電話越しに、少し落ち着かない呼吸が聞こえる。

「あ、あの……ストーカー被害の相談もこちらでやってますか?」

 控えめな女性の声。推定二十代前半から三十代後半。やや気が弱そうな印象を受ける。

「ストーカー被害、でございますか? 今近くに不審な人物の気配や不審物はございませんか?」

 訊ねれば、彼女は少し声を落とす。

「その……今姿は見えないのですが、この電話も盗聴されているかもしれません」

「盗聴でございますか。なにかそう言った前兆やお心当たりはございますか?」

 盗聴とは穏やかではない。 

 しかし、被害者に気付かれるようなあからさまな盗聴であれば危険性は低いと考えられる。

「その……朝、知らない人の声がして……今日はいつもより寝坊してしまったんです。そしたら、起きるときに『今日は遅かったね』って、男性の声で聞こえて……それに最近おかしなことが多いんです。パソコンもウイルスに感染するし、ペットカメラで盗撮されてるかもしれません」

 電話の相手は怯えているようで徐々に早口になっていく。

「知らない人の声に、ウイルスの感染、ペットカメラの盗撮、ですね。現時点で差し迫った危険はなさそうですのでまずはご安心下さい。順番に確認させていただいてご案内させていただきたいと存じます」

 ウイルス感染は被害者に気付かれるような物であれば危険度が低いと思われる。

 まずは彼女に落ち着いてもらうことが重要だ。

「まず、受付から順番にご案内させて頂きます。お客様のお名前をお伺いしてよろしいでしょうか」

「あ、はい……えっと……フジサワです。フジサワハルカ。フジは植物の藤、サワは簡単な方の沢です。ハルカはひらがなです」

 依頼人の名前をメモツールに入力する。

 藤沢はるか。女性。

「ありがとうございます。続きまして、万が一このお電話が途中で切れてしまった場合、只今おかけ頂いているお電話番号にこちらから折り返してよろしいでしょうか?」

「それでお願いします」

 電話番号を入力。

 過去記録を検索しても該当なし。

「はじめてのご利用でお間違いありませんか?」

「は、はい……その、ちょっと怪しいとは思ったんですけど、職場にポスターがあって、それでかけてみました」

 怪しい……力作のポスターを怪しいと言われてしまうのは複雑な心境だ。

 やはりポスター制作はプロに任せるべきだっただろうか。

 余計なことを考えてしまったが、依頼人は最初より少し落ち着いたようだ。

「ポスターをご覧になられたのですね。ご連絡いただきありがとうございます。私、柊が最後までしっかりとご案内させていただきます」

 優先順位としては声とペットカメラだろうか。

 ウイルスで個人情報を盗むのであればあからさまな警告などは出さずにひっそりと情報を盗み続けるだろう。現時点でこれは優先度が低い。

「まずは今朝耳にされた声についてお伺い致します。声の主に全く心当たりはございませんか? 寝る前に、誰かと通話していたり、配信アプリなどを開いていたなどということはございませんか?」

 考えられる可能性をいくつか提示し、依頼人状況を絞り込む。

 電話越しにふぅっと息を吐くのが聞こえる。

「いえ、電話するような相手もいませんし、配信アプリも使っていません。動画も観てません」

 最初の相談内容を口にした時よりもはっきりとした調子で答える。

 確信があるのだろう。

「お住まいはひとり暮らしでしょうか? ご家族様と同居されていますか?」

「ひとり暮らしです。だから、人の声が聞こえるのが恐ろしくて……」

 同居家族なし。

 記録に追加していく。

 同居人の声という可能性も潰れる。

「ペットカメラの盗撮とおっしゃっていましたが、どのようなペットを飼われていますか?」

「猫が一匹居ます。少しやんちゃなオス猫なんです。あの子が色々ひっくり返したりするのでカメラを設置してお留守番中の確認をしていました」

 ペットに猫。

 記録に追加。

 猫の声が人の声に聞こえたというのは少し無理があるかもしれない。

「では、ペットカメラについてお伺い致します。メーカー様をお伺いしてもよろしいですか」

「えーっと、ちょっと待って下さい。確認します」

 スマートフォンを持ったまま室内を移動しているのだろう。スリッパを履いているであろう少し丸い足音が聞こえる。

 移動距離は短い。

 そして、通販サイトでよく見かける中華メーカーの名前を告げられる。

 型番を検索すると低価格帯製品のおすすめに出てきた。

 特に珍しい製品ではなさそうだ。

「ペットカメラで盗撮されていると感じたきっかけをお伺いしてもよろしいですか?」

 盗撮を疑うということは依頼人なりになにか原因がある。

「それは、パソコンがウイルスに感染して……あまりパソコンは詳しくないんですけど、そういうので情報盗まれたりするんですよね? 『重要なセキュリティー警告。今すぐサポートに電話して下さい』みたいな表示が出て、画面が全く動かなくなったんです。恐かったので『電源を切らないで下さい』とか喋り出してたけど、強制終了してしまいました」

 ウイルスに関してはよくあるサポート詐欺だ。電話番号は国際電話に繋がるだろう。

「表示されたサポートには電話をしましたか?」

「いえ、恐かったので……電源ボタンを長押しで、切ってしまいました。それからパソコンは電源を入れていません」

 電話をかけないでいてくれたのは朗報だ。

「藤沢様、表示された番号にかけられなかったのは素晴らしい判断でございます。藤沢様がご覧になられた警告は偽物の警告でございまして、そちらの番号にかけてしまうと海外につながり、ウイルス駆除のサポートなどと謳いクレジットカード情報や銀行口座の情報などを盗もうとする悪質な詐欺でございます」

 年末や春先に被害が増える。

 派手な警告音を鳴らして不安を煽る悪質な存在だ。先日も被害に遭ったと相談を受けたばかりなのでよく覚えている。

「偽物、なんですか? でもあんなに大きく出て」

「藤沢様はセキュリティソフトをご利用ですか?」

「はい。ずっと同じ会社のを使っています」

 依頼人が口にしたのはサポートが充実な国産メーカーだ。

 プレミアムプランに加入しているのであれば、正直うちの事務所よりもそちらのメーカーに相談した方が手厚いサポートを受けられるだろう。

 なにせ24時間対応、セキュリティ以外にもあらゆる家電やソフトウェアのサポートまでしてくれるのだから。

「セキュリティソフトの警告は出ていましたか?」

「いえ、そこまで確認出来ていません……すぐ強制終了しちゃったので」

「ただいまパソコンの電源を点けていただくことは可能でしょうか?」

「はい」

 強制終了して画面が復活することもあるけれど、大抵消えている。

 パソコンの起動音が聞こえる。

「起動したら通常通りにサインインして下さい。警告は出ますでしょうか?」

 キーを叩く音と、何度かクリックする音がする。

「いえ、今は出ていません」

「このままでも問題はないかと思いますが、念のためブラウザの画面を開いていただけますでしょうか?」

「ブラウザ?」

 声の印象は若いが、リテラシーが低い。

「普段インターネットで検索をする画面を開いていただけますか?」

 そう言い替えると、クリックの音がする。

「はい、開けました」

「復元するなどという表示がされてもそちらはクリックしないようにお願いします。藤沢様にお願いしたいのは閲覧履歴データの削除でございます。この操作をするとサインインしたままのサイトからサインアウトされてしまいますが、警告の画面の情報も削除されますので全期間を選択して削除していただきたいと存じます」

 依頼人は閲覧履歴データの削除方法も不明なようなので、手順を説明する。

 丁度パソコンを操作してもらっているのでカメラの件も確認してもらおう。

「できたみたいです」

「ご協力ありがとうございます。続きまして、ペットカメラの件ですが、現時点でウイルス感染の可能性は低いと思われます。他に盗撮の可能性を感じる要素はございましたか?」

 訊ねると、依頼人は少し考え込む。

「動画が消えていたりするんです。このカメラ、スマホですぐに動画が確認出来るんですよ。でも、動画がなかったりするので、誰かに盗まれたんじゃないかって……それに、メールとかも受信出来ないときがあるんです」

 また、声に不安が滲む。

 盗撮は誰だっていい気分はしない。

 しかし、可能性は低そうだ。

「インターネットの接続の確認をしましょう。Wi-Fi環境でご利用ですか?」

「はい。スマホと同じ会社で契約しています。それがなにか関係ありますか?」

 疑うような声色。

 確かに盗撮の相談でインターネット接続の確認をされるとは思わないだろう。

「インターネット回線の影響で動画の同期が上手くいかない場合やメールの受信などに影響が出ている可能性もございますので、念のためルーターの再起動をして頂いてもよろしいですか?」

「再起動、ですか? あの箱みたいなやつの電源を付け直したらいいんですかね?」

 依頼人は不思議そうにしながらもまた部屋の中を移動して従ってくれる。

 これでカメラが改善されれば残る疑問は声だけになる。

「その他になにか気になる点やご心配な点はございませんか?」

「そうですね……無言電話がよくかかってきます。あと、前の家に住んでいたときに自転車を盗まれて……しっかり鍵も付けていたのに。たくさん自転車があるのにどうしてわざわざ私の自転車を選んだのか……あ、電源点いたみたいです」

 無言電話に自転車の盗難。

 確かに小さなことが重なってストレスになりそうだ。

 メモツールに入力しながら、ルーターの再起動を終えた依頼人に、メールの受信を確認してもらう。

「メールが受信出来ましたら、カメラの映像が観られるか確認して頂けますでしょうか?」

 無言電話は本当にストーカー被害の可能性も考えられるが、詳細を確認したい。

「あれ? 動画、パソコンでも観れそうです」

「接続できなかった期間の動画は消えてしまったかもしれませんが、通信の問題で同期が上手くいっていなかったようでございます」

「そんなこともあるんですね」

 依頼人は不思議そうな声で言う。

「無言電話がよくかかってくるとのことでしたが、発信元のお電話番号はおわかりですか?」

「はい、着信履歴を見れば……えっと、+1?」

 依頼人が電話番号を読み上げる。

 国際電話だ。

「ありがとうございます。+1から始まりますお電話番号はアメリカ合衆国からの国際電話でございます。海外にお知り合いがいないのでしたら、こちらも国際電話詐欺の可能性が高いものとなっております。ご心配でしたら国際電話を受け取らない設定にすることも可能でございます」

「また、詐欺ですか? 随分いろいろあるんですね……そう言えば、数年前にちょっとした詐欺に遭って……」

 依頼人は恥ずかしそうに口にする。

 以前詐欺の被害に遭った。

 記録に残す。

「アイドルからのメールに5万円ほど払ってしまいました……」

 一昔前に流行った気がする。

 一度詐欺の被害に遭うと狙われやすくなる傾向はあるが、そのパターンかも知れない。

「それは大変でしたね。今回は未然に防げていますので今後の対策についてもご案内させて頂きたいと存じます」

 電話越しで深く息を吐く音が聞こえる。

 緊張しているのだろう。背筋を伸ばしているようだ。

「まず、今回のケースですと、国際電話は受信しない設定にすることをおすすめします。先程のような警告画面で連絡して下さいと表示されても、まずは他の端末で正式な連絡先を調べてください。全く違うお電話番号が表示されるはずです」

「……なるほど……」

「藤沢様はセキュリティソフトをご利用とのことでしたので、ウイルス警告などに関しましてはセキュリティソフトのメーカー様にご相談頂くのも手でございます」

 正直うちよりもずっと手厚いサポートがあるはずだ。

「じゃ、じゃあ……自転車の盗難は……」

「そちらに関しましては現時点でなんとも申し上げられない状況でございます。警察に被害届などは出されましたか?」

「はい、でも結局見つからなくて……お気に入りだったのですごく悔しいです」

 確かにお気に入りの自転車が盗まれるのは悲しい。

「心中お察しします。現在のお住まいではそう言った被害はございませんか?」

「はい、いまのところは……」

 依頼人はふたたび息を吐く。

 声の調子からも疲れているようだ。

「お疲れのようですが、眠れていますか?」

 そう訊ねると、電話越しで驚いた様な声が漏れる。

「ど、どうして眠れないことをご存知なんですか?」

 確認しただけのつもりが、随分と驚かせてしまったようだ。

「こういった大変な状況では眠れなくなってしまうことも多いですので……大変申し上げにくいのですが、最初にお伺いした声が聞こえるという現象も睡眠不足の影響であるかと考えられます」

 半覚醒状態で聞こえてしまったものである可能性を否定できない。

 所謂寝ぼけと正直に伝えることも出来ずに表現を選んでしまう。

「私が本日お伺いした範囲ではストーカーである可能性は極めて低いと考えられます」

 そう告げると、電話越しに、衝撃音が響く。

 依頼人がスマートフォンを落としたようだ。

「す、すみません……手が滑ってしまいました。あの……つまり、私は安全ってことでいいのでしょうか?」

 不安そうに確認され、こちらも姿勢を正す。

「はい。本日お伺いしたお話の中でストーカーの実害は確認出来ませんでした。どうぞご安心下さい」

 ほーっと長く吐き出される息が聞こえる。

「よかった……ほんとに、恐くて……柊さん、ありがとうございます」

「とんでもないことでございます。お力になれ、私も大変嬉しく思います」

「ほんとに助かりました」

 依頼人の声が明るくなる。

 何度聞いてもこの瞬間が好きだ。

「本日他にご質問やご不満、ご不安な点はございませんか?」

「いいえ、まったく。すごく助かりました」

「ありがとうございます。それでは本日のお支払いについてのご案内をさせて頂きたく存じます。ポスターに掲載されたQRコードから料金表とお支払い方法が確認出来ますのでご確認の上お支払い頂けると幸いでございます。もし、必要でありましたら請求書を郵送することも可能でございますがいかがなさいますか?」

 電話専門探偵事務所の苦しいところだ。

 せっかく気分のよくなった依頼人にこれを告げるのは毎回心が痛む。

「そっか、お支払い……そう、お電話だからどうやってお支払いするか不思議で。事務所に支払いにお伺いしましょうか?」

「ありがとうございます。わざわざお越しいただくのはお手間になりますので、クレジットカード決済や銀行振り込み、QRコード決済にも対応しておりますのでお好みのお支払い方法をお選びいただけると幸いでございます」

 事務所にひとりしか居ないので、電話対応中に来客対応が出来ないとは言えない。

 見栄の為の電話専門事務所なのに。

「そうですか。では、後日銀行振り込みさせていただきます。今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそご相談いただきありがとうございました。本日ここまで柊がご案内させていただきました。またなにかご心配なことがございましたらいつでもご連絡くださいませ」

 

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