第4話 機雷戦
日米開戦の前から戦いは始まっていた。
「磁気感応式機雷の敷設を開始する。2時間で終わらせる」
「無茶を仰る。それは百二十一型の話ですが」
「イ百三十一型は機雷戦に特化した。敵艦隊を雷撃できない。敵地を空爆できない。敵艦隊を砲撃できない。それがなんだ。俺たちは機雷を撒いて撒きまくる。それでいい」
潜水艦がお互いの領海に忍び込んで諜報活動を行うことは一般的である。交戦状態になくてもお構いなしだった。さすがに仮想敵国の船舶を雷撃ないし砲撃することはできない。ジッと息をひそめているばかりなのはつまらなかった。退屈しのぎに機雷でも撒いてみよう。
潜水艦による機雷敷設も普通のことだ。敵国に悟られることなく罠を敷くことにより奇襲効果を見込む。仮に暴露されても時間稼ぎにはなった。しかし、潜水艦の積載量はたかが知れている。機雷敷設艦の数十分の一に収まった。単騎では密度を高めることができない。複数隻が連携して海峡や敵拠点など狭い範囲へ集中的に撒いた。
そこで、機雷敷設に特化した潜水艦の出番である。日本海軍はUボートを倣ってイ百二十一型こと機雷潜を建造した。当時としては画期的だが現在は鈍重で鈍足、安全深度も浅く、練習用としても使いづらい。早々に解体されたがノウハウの蓄積に多大なる貢献を見せた。
「この機雷は強烈だぞ。巡洋艦は一発で真っ二つになる。並の潜水艦は持ち運べない。それをパナマ運河の出入口に並べるんだからな」
「民間船も巻き添えになります」
「いいか? 魚雷は狙って撃つものだが、機雷は狙っていない。そういうことだ」
「わかりました」
「なんと使いやすいもの。機雷とは古典的である。それ故に強力なんだ」
「バレたら一巻の終わりですがね」
「バレないようにコソコソやるんだ。バレなきゃどうとでもなる」
人工石油のおかげで燃料問題は気にならない。いくらでも建造できてしまった。量産型の建造に入りながら同時に一芸に秀でた潜水艦も建造する。量産型は世界の海洋を支配して雷撃と砲撃、索敵と哨戒、通信傍受と友軍連絡など、縁の下の力持ちと活躍してもらった。一芸に特化した潜水艦は各々の得意分野を徹底的に伸ばす。雷撃がダメならば砲撃、砲撃がダメならば雷撃、砲撃も雷撃もダメならば機雷敷設など、なんと多種多様を極めた。
強力なディーゼルエンジンと人工石油のおかげで理論上は無制限に行動できる。日米関係が史上最悪に至って爆発する前に潜伏を済ませた。トラック泊地を出発して太平洋の何もない洋上で補給潜水艦から補給を受ける。万全を期して米本土ではなく中米のパナマに向かった。パナマはアメリカの命運を握っていると言っても過言ではない。パナマ運河は太平洋と大西洋のアクセスを握る短絡線だ。ここが封じられるとアクセスは一気に詰まる。船乗りはドレーク海峡を通航することを嫌った。あまりにも危険である。日米開戦を見据えて首元にナイフを仕込むことで最初からアドバンテージを得ようとした。
「薄く広げるなよ。多少は融通が利くが頼り過ぎちゃいけない。職人ってやつだ」
「大丈夫です。機雷が相互に反応するところを見極めています」
「どれだけ兵器が進化しても変わらん。どれも扱う者の技量に左右された」
「アメリカ人は大雑把です。こいうのは日本人が向いていますから」
日本海軍のイ百三十一型潜水艦は群れを形成する。皆で仲良く機雷敷設作業に汗を流した。前身のイ百二十一型から大幅な性能向上を果たす。武装は艦首533mm魚雷発射管4門と魚雷16本はさほど変わらなかった。副砲の14cm砲や12cm砲、10cm砲を端から持たない。雷撃能力は僅かに強化された代わりに副砲を廃止した。一応は20mm機銃を複数個持つが対空用である。
機雷戦に特化させるに魚雷と大砲は無用だ。いかに敵に暴露されることなく機雷を敷設し続けられるか。これにより余裕を得ると艦尾の機雷敷設筒は4基に倍増した。機雷も専用の九九式こと磁気感応式機雷を60個まで装備できる。約1.5倍の向上は小幅に見えるが一個当たりが段違いだ。従来型から大型化すると高性能炸薬がギッシリである。その破壊力は巡洋艦が一発でも触雷すれば真っ二つに割れた。さらに、相互破壊と称し連動して炸裂する仕組みを備える。複数発の炸裂が連鎖することで破壊力を底上げて近代的な戦艦も致命傷を負った。
イ百三十一型専用の機雷のため柔軟性に欠ける。一応だが水上の機雷敷設艦も運用できるが防御的な使い方に限られた。敵地奥深くに敷設する攻撃的な使い方には過大を指摘できる。これを小型化して量産型潜水艦も使いやすくした一式を送り出して一旦は解決とした。機雷は前大戦よりも前から存在する古典的な兵器だろう。しかし、技術の進歩を与えることによって大化けする可能性を秘めた。日本軍は安価だが強力な点に注目して機雷の一括りだけで多方面に開発を行う。どんなにお金持ちでも節約できるなら歓迎したかった。
「パナマ運河を爆撃するとか噂で聞きましたが…」
「おい、そういう話をするんじゃない。機密に関わるぞ」
「壁に耳あり障子に目あり。こんな深海じゃ耳も目も利きませんから安心できます」
「深海を上回る防壁はないか。私もパナマ運河爆撃の計画は聞いたことがある。しかし、早々に機雷敷設で十分と立ち消えた。あとで使うからな」
「確かに、壊すよりも直す方が面倒です」
「もっとも、米本土かイギリス本土か爆撃するかもとは思うが。俺の勝手な想像に過ぎない」
一個ずつ丁寧に機雷を敷設していくが暇な者は暇で仕方ない。常時警戒を怠らないが程よく力を抜かねば緊張から倒れかねなかった。潜水艦という特異な環境に置かれては尚更となる。深海という絶対的な防壁がある故に陸地ではご法度な会話ができてしまった。壁に耳あり障子に目ありというが深海では通用しない。
パナマ運河を機雷で封鎖する作戦であるが当初は爆撃の予定が組まれた。ガトゥン閘門を破壊することで機能不全に陥れる。その予定は「復旧が面倒である」と見送られた。パナマ運河を壊すよりも直す方が面倒が多い。あとで再利用する以上は間接的に無力化したかった。機雷は一度起動すれば二度はない。また、事前に察知されて掃除されると意味をなさなかった。パナマ運河を機能不全に陥れるというが不完全ではないか。
「イ百三十三より敷設完了。続いて、百三十四も敷設完了」
「本艦も完了しました」
「イ百三十二はどうした」
「ちょうど完了したようです。聞き取れておりませんでした。申し訳ありません」
「いや、向こうの発音をどうにかするように言う。イルカやクジラなど海洋生物の鳴き声ができんと連携のれの字もないわ」
イ百三十一型が4隻で一個の軍団を形成した。機雷は密度がものをいう。機雷原に隙間が空いていると事実上の無力だ。機雷と機雷の間を縫うように通る。適切な距離を維持してれば相互破壊も加わって絶大な威力を発揮した。磁気感応式のおかげで直接に接触せずとも炸裂する。ゆくゆくは潮流を利用して移動できるスマート型を運用したかった。
「作業終了だ。撤収する。静粛を厳に保ち離脱せよ」
「静粛を維持して潜航します。お気を付けください」
「私はよく信頼している故に気を付けん」
「知りませんよ。急速潜航しても」
「おっと、それは困る」
恐ろしくも狭いコミュニティのため良好な関係を構築することが求められる。艦長として規律の維持は絶対だが、あまりにキツキツに締めすぎては内側から崩れ、ちょうどいい塩梅の緩さを持たせた。彼らがおいていった土産の磁気感応式機雷も良い塩梅のよう。
続く




