第3話 戦船
瀬戸内海を全面的に封鎖する。日本海軍でも史上最大規模の大艦隊が戦地へ赴いた。日米決戦は避けられない。交渉は決裂した。人工石油を全面禁止と言ってくるような横暴な連中と付き合う義理はない。かの暴虐なる米帝を叩き潰すべく、大日本帝国の逆襲が始まるが、海戦の狼煙は太くしようと息まいた。
「我らは一種の陽動であるが主要な戦力であることを忘れてはならない。山口艦隊が真珠湾を奇襲するが、我らは米海軍太平洋艦隊と真正面から激突し、たとえ骨だけになっても勝利せねばならん」
「先行の駆逐隊から流木に注意と来ています!」
「流木ごときで邪魔をするなと伝えろ」
「大いに結構だ。流木の一本でも操舵系統がいかれるかもしれない。よく見ている」
「さすが三川提督だ。懐の広さが違う」
「八八艦隊を率いているんだ。そりゃ違う」
「本土防衛に扶桑と山城を練習戦艦とゴリ押して残しましたが不安は残ります。不安を取り除くためには勝利しかございません。ハワイを落とすだけです」
日米開戦はハワイ攻略作戦に始まる。そんなことができるはずがない。人工石油がなければ到底も実現は不可能であると考えられた。魔法の油のおかげである。大艦隊が理論上は世界中を航行できた。仮にハワイを攻略した場合も維持はどうするのかである。それを先に明かしては面白さが半減する故に隠した。その代わりと言っては何であるが八八艦隊をご紹介しよう。
「総旗艦よりすべての艦艇に告ぐ。我らは皇国の槍となり、米帝を穿つものだ。正義は我らにある。総員奮起せよ。以上だ」
「Z旗を掲げよ!」
「早いとは言いませんね?」
「言わん。そんな無粋か」
「駿河の国より尾張と薩摩、紀伊を従え、長門に陸奥、加賀と土佐を連れる。天城と赤城、愛宕と高雄が先行し、筑波と生駒、伊吹、鞍馬が目を光らせる。八八艦隊に隙はございません」
「海峡を抜けて太平洋に出ます!」
「これで戻れん。我らが本土を踏む時は勝者か敗者か…神のみぞ知るというやつだ」
人工石油の大成功から八八艦隊計画は長期化を承知して進められた。
第一陣である主力戦艦の長門型と加賀型に巡洋戦艦の天城型は別世界の日本海軍と変わらない。航空機の進化や電子兵装の誕生など様々な事情から改装工事を繰り返して性能向上を図った。良質の燃料を最大限に活かすべく主機関を取り換えて最高速30ノットを原則に定める。天城型は巡洋戦艦の性質を帯びて33ノットまで発揮できた。
第二陣は第一陣の反省を含み、かつ当時の事情が詰まる。加賀型戦艦を見直した駿河型戦艦と天城型巡洋戦艦を見直した筑波型巡洋戦艦(2代目)が建造された。最初から30ノットを目指してダメージコントロールの導入や航空機の対応など時代に合わせる。最終的にすべての戦艦が真っ当に揃ったのは計画策定から20年近くが経過してからだった。それだけ海軍を取り巻く情勢は流動的に変わる。
八八艦隊の誕生は本世でも賛否両論だ。第一陣はともかく、第二陣に用いた人員と資材、お金があれば数多もの航空機と戦車、機関銃を製造できる。まだ戦っていないのもかかわらず無用の長物という声が聞かれた。航空主兵論者の戯言であると切り捨てたいが、彼らは文句こそ垂れるが勢いは弱く、敗北主義者のデマゴーグと判明する。航空主兵論者も納得させるべくだ。3万トン級の大型航空母艦である翔鶴型と2万トン級の中型航空母艦である蒼龍型の量産が始まる。さらに、どこからどう見ても軽空母な高速油槽船も追加された。
これで米海軍太平洋艦隊と真正面から正々堂々と殴り合う。
「発見されたら、それはそれで、御の字である。我々の仕事は太平洋艦隊を外洋に引き出すことだ。真珠湾の内海では撃沈しても邪魔で仕方がない。鹵獲できたら一番であるが、まず不可能であるため、外洋で撃沈するのだ」
「空母屋と競争になりそうです」
「阿吽の呼吸だ。ハワイに配置した潜水艦が敵艦隊出撃を告げたらな」
「潜水艦による漸減邀撃も期待しましょう。被害なく勝利する。これが最高でした」
「期待しすぎても酷である。艦隊襲撃型潜水艦と聞くが限界はある。通商破壊作戦に精を出してもらいたい」
「キッチリと開戦時刻に合わせて雷撃するようですが…」
「ヴァルター機関? そんなものを積んでいるとか」
「俺に聞かれても困る。潜水艦は潜水艦に任せる。空母は空母に任せる。俺は戦艦屋だから戦艦を担う。それだけだ」
三川軍一の率いるハワイ攻略艦隊戦艦組は米海軍太平洋艦隊を引きずり出した。彼らと別個に空母組が真珠湾を攻撃する予定が組まれる。空母艦載機の大集団が空襲するに際して目標が多すぎては威力が分散した。仮に浅い海で沈めた場合は基地制圧後の後片付けが面倒である。また、攻略に失敗した場合はサルベージから早期復旧の恐れが否めなかった。これでは骨折り損のくたびれ儲け。
したがって、空母部隊は徹底的に秘匿しながら戦艦部隊が敢えて堂々と行進した。無線封止から情報は渡さないが物理的な姿は見せてやる。敵将のキンメルが打って出ることを選択すれば最大規模の砲撃戦を演じた。まさか籠城戦を選択することはないはず。万が一に決戦を回避する場合は空襲を与えるだけだ。正面玄関から礼儀正しく16インチ砲がノックする。
「第一世代は最悪は失っても構わない戦力である故に正面から向かう。第二世代は迂回から切り込みを仕掛ける。敵艦隊を包囲して殲滅する方向だが、何が起こるかわからない。警戒は厳に情報を漏らさず常在戦場と心得よ」
「電探の調子を確かめろ。ちょっとしたことで壊れる。今のうちに点検だ」
「はい!」
「光学的な照準から電子的な照準へ。時代は変わった。これに追いつかねばならん」
「賢明でございます」
戦艦の余裕のある船体に電子兵装の電探を装備した。電子の目は数十キロ先を見通す。電探と連動したアウトレンジ砲撃の訓練を積んだ。光学的な照準は捨てたわけでない。電子の目を用いて一方的に殴りつけた。完全なる勝利を収めることが理想的たる。主力戦艦は長門型から続く41cm砲だが、駿河型は特徴的な三連装砲を装備し、打撃力向上と防御力集中に成功した。筑波型巡洋戦艦は天城型を踏襲したが副砲を全廃して高角砲に限定することで対空火力を増強する。どの火砲を用いる場合も電子の目は関わった。
三川提督は根っからの砲撃屋だが電子兵装の登場に最も素早く順応する。光学的な照準に固執しなかった。新しい技術を積極的に取り入れる。まずは己が理解せねばならんと技術士官に教えを乞いた。電探を最大限に活用したアウトレンジ砲撃の戦術を研究すると実際に提案する。未知数のため全面的な採用は流れるも電子的な砲術の第一人者と転身を遂げた。このような柔軟性より八八艦隊の指揮官を任される。
「ここで悔やまれるのは大和と武蔵が間に合わなかったことです」
「仮に間に合ったところで連度から戦力にならん。じっくりと熟成させる。それでいい。本土に残ってくれれば本土攻撃の抑止力にはなる。扶桑と山城は練習戦艦と称して警戒線にいるが」
「扶桑型でさえ練習戦艦にできてしまう。まだ43の若輩でありますが大日本帝国の偉大さを身に染みて理解しました」
「その気になれば復帰できる。外交とは本当に面倒だよ」
八八艦隊の登場に伴い扶桑型戦艦は練習戦艦に格下げを受けた。14インチ砲12門の火力は魅力的だが欠陥を抱えている。低速ということも足を引っ張ってしまった。外交の兼ね合いから練習戦艦に格下げが妥当となる。しかし、練習戦艦というがれっきとした戦艦なのだ。現在は本土攻撃を警戒する哨戒線に展開している。哨戒艇や警戒艇の人員を受け入れて寝床と食事と長期的な哨戒活動を支えた。
「ハワイに参る。鬼が出るか蛇が出るか…」
Z旗が風に揺れる。
続く




