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果てしなく長く凍りついた日  作者: 双鶴


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第8章 夜の山、再び動く

夜が落ちた。


霧嶽高原センターの外は、

昼間の灰色とは違う、

“底のない暗さ”に沈んでいた。


街灯の光は灰に吸い込まれ、

数メートル先さえぼんやりとしか見えない。

風が吹くたび、灰が舞い、

世界が静かに揺らいだ。


三上遼は、センターの外に立ち尽くしていた。


――夜になっても、何も終わらない。

――むしろ、ここからが本当の地獄だ。


そのとき、無線の雑音が夜気を裂いた。


「救助隊、再編完了。

 これより夜間の捜索を検討する」


センターの奥から、隊員たちの足音が響いた。

ヘッドライトの光が揺れ、

防護服の反射材が夜の闇に浮かび上がる。


「夜間で行けるのか……?」


誰かが呟いた。


「行くしかないだろ。

 山頂に取り残されてる人がいるんだ」


その声は震えていたが、

震えているのは声だけではなかった。


三上は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。


救助隊の隊長が、短く指示を飛ばす。


「風向きが変わった。

 噴煙が一時的に弱まっている。

 今が“唯一の隙”だ」


「ただし、噴石は依然として危険だ。

 ロープを離すな。

 視界はゼロだと思え」


隊員たちは黙って頷いた。


その沈黙が、何よりも雄弁だった。


三上は、望遠レンズ越しに彼らを追った。

ヘッドライトの光が、

闇の中で小さな点となって揺れる。


――この闇の中に、

  人が取り残されている。


その事実が、胸の奥を締め付けた。


「三上さん!」


山中巡査長が駆け寄ってきた。

顔は灰で汚れ、目の奥には疲労が滲んでいた。


「気象庁から追加情報だ。

 火山性微動がまた増えてる。

 噴火の可能性は……ゼロじゃない」


「……それでも行くんですか」


山中は、短く息を吐いた。


「行かないという選択肢はない。

 誰かが行かなきゃ、誰も帰ってこない」


その言葉は、夜の冷気よりも重く沈んだ。


救助隊が山道へ向かって走り出す。

その背中は、闇に吸い込まれるように消えていった。


三上は、無意識に拳を握りしめた。


――彼らは恐れている。

――だが、それでも行く。


その勇気が、痛いほど胸に刺さった。


センターの外では、

家族らしき人々が震える声で祈っていた。


「どうか……どうか無事で……」


その声は、夜の闇に溶けていった。


三上は、空を見上げた。


霧嶽は、

夜の闇の中で、

黒い噴煙を静かに吐き続けていた。


その静けさは、

昼間よりも深く、

昼間よりも冷たく、

昼間よりも残酷だった。


――この一日は、まだ終わらない。

――終わる気配すらない。


三上は、胸の奥で何かが静かに軋むのを感じた。


夜の山は、

人間の祈りなど聞いていなかった。


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