第6章 夕刻の影
夕刻の光は、灰に遮られ、世界はゆっくりと色を失っていった。
霧嶽高原センターの外に立つと、空は鉛色に沈み、
太陽は薄い膜の向こうで、かろうじて輪郭だけを残していた。
三上遼は、しばらく空を見上げていた。
時間の感覚が、どこかで途切れていた。
――まだ昼なのか。
――もう夜なのか。
――この一日は、どこまで続くのか。
救助隊は戻り、山は沈黙し、風だけが灰を運んでいた。
「三上さん!」
振り返ると、山岸巡査部長が駆け寄ってきた。
顔は灰で汚れ、目の奥には疲労が滲んでいた。
「気象庁から連絡が入った。
噴煙の高さ、さらに上がってる。
火山性微動も増えてるらしい」
「……悪化しているんですか」
山岸は短く頷いた。
「救助隊は、日没後の再出動を検討してるが……
正直、見通しは厳しい」
その言葉は、夕刻の冷たい空気よりも重く沈んだ。
センターの入口では、家族らしき人々が集まり、
誰かが泣き崩れ、誰かが祈り、誰かがただ空を見つめていた。
「まだ連絡がないんです……」
「山頂にいるはずなんです……」
その声は、夕闇の中で震えていた。
三上は、胸の奥が締め付けられるのを感じた。
――数字ではなく、この声を伝えたい。
――だが、それだけでは記事にならない。
その葛藤が、心を静かに削っていく。
無線が震えた。
「三上、状況を送ってくれ。
本社が“夜版”の締め切りを気にしている」
大畑デスクの声だった。
「……救助隊は撤退中。再出動は未定。
山頂の状況は依然不明。
負傷者は増加。
家族の不安も高まっています」
「わかった。だが、もう少し“確定情報”が欲しい。
読者は、今何が起きているのかを知りたがっている」
三上は、無意識に拳を握りしめた。
――確定情報。
――この状況で、確定などあるのか。
「……現場は、誰も何も“確定”できていません」
その言葉は、自分でも驚くほど冷たかった。
無線の向こうで、大畑が短く息を呑んだ。
「三上……大丈夫か」
「大丈夫です。
ただ……今日は、あまりにも“何も見えない”」
夕闇が、ゆっくりと世界を飲み込んでいく。
センターの外では、救急車のサイレンがまた響き始めた。
その音は、まるで“終わりの見えない一日”の鐘のように聞こえた。
三上は深く息を吸い、カメラを握り直した。
――逃げることはできない。
――この一日を、見届けるしかない。
灰が風に舞い、視界が揺らぐ。
霧嶽は、夕闇の中で黒い噴煙を吐き続けていた。
その静けさが、何よりも残酷だった。




