第3章 証言の奔流
霧嶽高原センターのロビーは、すでに限界を超えていた。
床には灰が積もり、靴跡が無数の線を描き、
空気は湿り気を帯び、どこか鉄の匂いがした。
「こちらへ! 負傷者を優先して!」
「毛布を! まだ震えてる!」
救急隊員の声が飛び交い、
灰にまみれた登山者が次々と運ばれてくる。
ロビーの隅では、誰かが嗚咽を漏らし、
別の誰かが呆然と座り込んでいた。
三上遼は、カメラを胸に抱えたまま立ち尽くした。
――どこから記録すればいい。
目の前の光景は、あまりにも多すぎた。
そして、あまりにも冷酷だった。
「……あの、記者さんですか」
声をかけてきたのは、灰にまみれた若い女性だった。
髪は白く染まり、目だけが異様に赤い。
「山頂にいたんです。突然、真っ白になって……」
彼女の声は震えていたが、言葉は止まらなかった。
「音がしなかったんです。爆発の音も、風の音も。全部、消えたみたいで……」
三上は頷きながらメモを取る。
だが、手がわずかに震えていた。
「気づいたら、隣にいた人が倒れてて……」
女性は唇を噛んだ。
「助けようとしたんです。でも、どこが道なのかもわからなくて……」
その言葉は、三上の胸に深く刺さった。
――助けようとした。
――でも、助けられなかった。
その感覚を、三上は知っていた。
忘れたくても忘れられない“あの日”の記憶が、
灰の匂いとともに蘇る。
「ありがとうございます。無理に話さなくていいです」
三上はそう言いながら、胸の奥が冷たく締め付けられるのを感じた。
ロビーの奥では、別の登山者が救急隊員に囲まれていた。
「噴石が……頭に……」
「意識が戻らない!」
その声が、ロビー全体を震わせた。
三上はカメラを構えた。
だが、ファインダー越しに見える光景は、
どこか遠くの世界のようだった。
――これは記録なのか。
――それとも、ただの傍観なのか。
その問いが胸の奥で渦を巻く。
「三上さん!」
振り返ると、霧ノ谷警察署の山岸巡査部長が駆け寄ってきた。
顔は灰で汚れ、息が荒い。
「山頂付近、状況が悪い。救助隊が近づけない。噴石が止まらないんだ」
「……取り残されている人は?」
山岸は言葉を詰まらせた。
その沈黙が、答えだった。
「……わかった。情報、まとめて送ります」
三上は無線を握りしめた。
だが、指が汗で滑った。
――数字じゃない。
――これは、人の命だ。
本社が求める“数字”と、目の前の“現実”の間で、
胸の奥が軋むように痛んだ。
そのとき、ロビーの外から叫び声が上がった。
「新しい負傷者だ! 急げ!」
救急隊員が駆け出し、担架が運び込まれる。
灰にまみれた登山者の顔は、白く、そして静かだった。
三上は、胸の奥が凍りつくのを感じた。
――この一日は、まだ始まったばかりだ。
灰が風に舞い、視界が揺らぐ。
霧嶽は、遠くで黒い噴煙を吐き続けていた。
その静けさが、何よりも残酷だった。




