第17章 涙の意味
霧嶽高原センターの外は、
朝の光が完全に広がっていた。
だが、その光は温かくなかった。
灰を照らし、
ストレッチャーを照らし、
家族の泣き崩れる姿を照らし、
ただ“現実”だけを浮かび上がらせていた。
三上遼は、センターの裏手に回り込んでいた。
人目を避けたかった。
誰にも見られたくなかった。
胸の奥が、
何かに押しつぶされるように痛んでいた。
――書くことは、俺の呼吸だ。
――そう思ったはずなのに。
指は動いた。
言葉も出た。
だが、胸の奥の痛みは消えなかった。
「……三上さん」
背後から声がした。
山中巡査長だった。
三上は、振り返れなかった。
「……大丈夫です。
少し、休んでいるだけで」
声が震えていた。
山中は、ゆっくりと近づいてきた。
「大丈夫じゃないですよ。
そんな声じゃ」
三上は、唇を噛んだ。
「……俺は……
記者なのに……
泣きそうなんです」
その瞬間、
胸の奥で何かが崩れた。
涙が、勝手にこぼれ落ちた。
止めようとしても止まらなかった。
声にならない声が喉の奥から漏れた。
「……助けられなかった……
何もできなかった……
ただ見て、書いて……
それだけで……
それだけで……!」
山中は、三上の肩に手を置いた。
その手は、
灰にまみれていたが、
驚くほど温かかった。
「三上さん。
泣いていいんです」
三上は、顔を上げた。
「……でも……
記者なのに……」
山中は、静かに首を振った。
「記者だから、泣くんです。
“人の痛み”を見て、
何も感じない人間に……
伝える資格なんてありません」
三上は、息を呑んだ。
山中は続けた。
「あなたは今日、
誰よりも“人”を見ていた。
数字じゃなく、
肩書きでもなく、
ただの“人間”として」
三上の視界が滲んだ。
「……でも、俺は……
何もできなかった」
山中は、ゆっくりと三上の肩を握った。
「できましたよ。
あなたは“見た”。
“聞いた”。
そして“書いた”。
それは……
誰かの命を救うことよりも、
ずっと難しいことです」
三上は、涙を拭った。
胸の奥の痛みは、
まだ消えていなかった。
だが、
その痛みの中に、
わずかな“光”があった。
山中は、空を見上げた。
霧嶽は、
朝の光の中で、
黒い噴煙を静かに吐き続けていた。
「……三上さん。
あなたは今日、
本当の意味で“記者”になったんですよ」
三上は、深く息を吸った。
灰の匂いが肺に入り、
胸の奥が痛んだ。
だが、
その痛みは、
もう逃げたい痛みではなかった。
――書くことが、俺の呼吸だ。
――そして、今日の痛みも、呼吸の一部だ。
三上は、ゆっくりと頷いた。
涙は止まっていた。
だが、
その涙が残した“跡”は、
確かに胸の奥に刻まれていた。




