第16章 言葉の重さ
霧嶽高原センターの一角に、
三上遼はノートパソコンを広げていた。
外では、
家族の泣き声がまだ続いている。
救助隊の無線も断続的に響く。
朝の光は冷たく、
灰は静かに降り続けていた。
だが、三上の視界には、
画面の白い光しか映っていなかった。
――書かなければならない。
――だが、何を書けばいい。
指が、キーボードの上で止まったまま動かない。
「……三上さん」
山中巡査長が近づいてきた。
顔には疲労が刻まれ、
目の奥には深い影があった。
「書けていますか」
三上は、苦笑に近い息を漏らした。
「……書けません。
何を書いても……
誰かを傷つける気がして」
山中は、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「三上さん。
“書くこと”は、誰かを救うためじゃない。
“忘れさせないため”にあるんです」
三上は、ゆっくりと顔を上げた。
「忘れさせない……?」
山中は頷いた。
「今日、ここで起きたことを……
誰かが覚えていなきゃいけない。
忘れられたら、
山に置いてきた人たちが……
もう一度、死ぬことになる」
その言葉は、
三上の胸の奥に深く沈んだ。
画面の白い光が、
灰の舞う空気の中で揺れて見えた。
三上は、ゆっくりと指を動かした。
《霧嶽噴火。
最初の発見は、午前七時過ぎ。
救助隊は夜明けとともに再出動した。
だが、光が照らしたのは希望ではなく、
“現実”だった。》
文字が、画面に浮かび上がる。
だが、胸の奥が痛んだ。
――これは、事実だ。
――だが、これだけでは“声”にならない。
三上は、深く息を吸った。
《センター前で、
家族の女性が崩れ落ちた。
昨日、電話をしたばかりだという。
「また帰ったら話すって言ってたのに」と
震える声で繰り返していた。》
指が止まる。
胸の奥が、
何かを押しつぶすように痛んだ。
「……これを書いて、
本当に良いんでしょうか」
山中は、静かに言った。
「良いかどうかじゃない。
“書くしかない”んです。
あなたが書かなければ、
誰が書くんですか」
三上は、目を閉じた。
――書くことは、救いではない。
――だが、逃げることもできない。
再び指が動き始めた。
《山は静かだった。
噴煙は薄れ、風は止まり、
朝の光だけが、
失われた命の上に落ちていた。》
文字が積み重なっていく。
そのたびに、
胸の奥で何かが軋む。
だが、同時に、
その痛みが“言葉”を生んでいく。
山中が静かに言った。
「……三上さん。
あなたは今日、
“記者”になったんですよ」
三上は、画面を見つめた。
そこには、
数字ではなく、
“声”があった。
――書くことが、俺の呼吸だ。
その確信が、
朝の冷たい光の中で静かに灯った。




