第15章 崩れ落ちる声
霧嶽高原センターの空気は、
朝の光が差し込んだにもかかわらず、
夜よりも重く沈んでいた。
最初の“発見”が無線で伝えられてから、
時間が止まったように感じられた。
三上遼は、センターの入口に立ち尽くしていた。
カメラを握る手が震えている。
だが、シャッターを切ることはできなかった。
――これは、記録ではない。
――これは、誰かの人生の終わりだ。
そのとき、救助隊の車両がゆっくりとセンター前に滑り込んだ。
荷台には、
灰にまみれたストレッチャーが載せられていた。
毛布がかけられている。
だが、その形は、
あまりにも静かで、
あまりにも動かなかった。
家族の誰かが叫んだ。
「……あれ……あれは……!」
その声は、
祈りでも、叫びでもなく、
“崩れ落ちる音”だった。
女性が駆け寄ろうとした瞬間、
山中巡査長がそっと腕を伸ばし、
彼女を支えた。
「待ってください……
確認が必要です……」
「違う!
違う……!
あの靴……あの靴は……!」
女性は泣き叫びながら、
山中の腕を振りほどこうとした。
「返してよ……!
返してよ……!
昨日、笑ってたのに……
なんで……なんで……!」
その声は、
朝の冷たい空気を震わせ、
センター全体に響き渡った。
三上は、胸の奥が締め付けられるのを感じた。
――これが、現実だ。
――これが、光が照らしたものだ。
救助隊の隊長が、
静かに、深く頭を下げた。
「……確認しました。
ご家族の方で、間違いありません」
その瞬間、
女性は地面に崩れ落ちた。
声にならない声が、
喉の奥から漏れ続けた。
「いやだ……
いやだよ……
昨日、電話したのに……
また帰ったら話すって……
言ってたのに……」
三上は、カメラを構えようとした。
だが、指が動かなかった。
――撮れない。
――これは、撮れない。
山中が三上の肩に手を置いた。
「……撮らなくていいんです。
これは……“人の痛み”です」
三上は、ゆっくりとカメラを下ろした。
救助隊は、
次のストレッチャーを準備していた。
朝の光は、
その毛布の端を照らしていた。
その光は、
温かさではなく、
ただ“現実”を照らすだけの光だった。
三上は、深く息を吸った。
灰の匂いが肺に入り、
胸の奥が痛んだ。
――書かなければならない。
――この痛みを、忘れさせないために。
だが同時に、
胸の奥で何かが静かに崩れ続けていた。
家族の泣き声が、
朝の空気に溶けていく。
その声は、
霧嶽の噴煙よりも重く、
三上の心に深く沈んでいった。




