第12章 内側の崩落
夜は深まり、霧嶽高原センターは静まり返っていた。
救助隊は撤退し、
家族たちは疲れ果て、
泣き声も、祈りの声も、
今はただ、かすかな嗚咽として闇に溶けている。
三上遼は、センターの隅に腰を下ろしていた。
無線機は沈黙したまま。
携帯の電波は弱く、
編集部からの連絡も途絶えている。
――音がない。
――世界が止まったようだ。
だが、三上の内側だけは、止まっていなかった。
胸の奥で、何かが軋んでいた。
ゆっくりと、しかし確実に。
「……三上さん」
山中巡査長が声をかけたが、
三上は気づかなかった。
視界が揺れていた。
灰の匂いが、過去の記憶を呼び起こしていた。
――あの日も、同じ匂いだった。
三上は、無意識に目を閉じた。
かつて取材で出会った“助けられなかった誰か”の顔が浮かぶ。
名前も、声も、表情も、
すべてが鮮明に蘇る。
「……どうして、あのとき……」
自分でも気づかぬうちに、
言葉が漏れていた。
山中が隣に座った。
「三上さん。
今日は……誰にとっても、重すぎる日です」
三上は首を振った。
「違うんです。
俺は……また、何もできなかった」
声が震えていた。
「助けられなかった人がいる。
今日も……
そして、あの日も……」
山中は、静かに三上を見つめた。
「三上さん。
あなたは“助ける人”じゃない。
“伝える人”なんです」
三上は、拳を握りしめた。
「伝える……
でも、伝えるだけで……
何が変わるんですか」
その言葉は、
自分自身への問いだった。
山中は、ゆっくりと息を吐いた。
「変わらないかもしれない。
でも……
“伝えなければ、何も残らない”」
三上は、言葉を失った。
山中は続けた。
「今日、ここで起きたことを……
誰かが覚えていなきゃいけない。
忘れられたら、
山に置いてきた人たちが……
もう一度、死ぬことになる」
その言葉は、
三上の胸の奥に深く沈んだ。
沈黙が落ちた。
外では、風がわずかに吹き、
灰が舞い上がる音がした。
三上は、ゆっくりと顔を上げた。
――伝えることは、無力じゃない。
――だが、痛みを伴う。
その痛みが、
胸の奥で静かに広がっていく。
三上は、カメラを握りしめた。
「……書きます。
今日を……
忘れないために」
山中は、静かに頷いた。
「それでいいんです。
それが、あなたの仕事です」
三上は深く息を吸った。
夜の霧嶽は、
黒い噴煙を静かに吐き続けていた。
その静けさは、
昼間よりも深く、
昼間よりも冷たく、
昼間よりも残酷だった。
だが、三上の内側には、
わずかながら“光”が戻り始めていた。
――書くことが、俺の呼吸だ。
その確信が、
闇の中で静かに灯った。




