第11章 夜明け前の静寂
夜は深まっていた。
霧嶽高原センターの外は、
昼間の灰色とも、夕刻の鉛色とも違う、
“音のない闇”に沈んでいた。
風が止まり、
灰の落ちる音さえ聞こえない。
まるで山そのものが、
息を潜めているようだった。
三上遼は、センターの外に立ち尽くしていた。
無線機は沈黙したまま、
救助隊の足音も、家族の声も、
すべてが遠くに感じられた。
――何もできない。
――ただ、待つしかない。
その事実が、胸の奥を静かに締め付けた。
センターの入口では、
家族らしき人々が毛布に包まり、
誰かの名前を呼び続けていた。
「……返事して……お願いだから……」
その声は、夜の闇に吸い込まれていった。
三上は、胸の奥が痛むのを感じた。
――数字ではなく、この声を伝えたい。
――だが、それだけでは記事にならない。
その矛盾が、心を静かに削っていく。
「三上さん」
背後から声がした。
山中巡査長だった。
顔は灰にまみれ、
目の奥には深い疲労が滲んでいた。
「……救助隊は、完全に撤退しました。
夜明けまで、動けません」
三上は、ゆっくりと頷いた。
「……わかっています」
山中は、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「今日の霧嶽は……
俺たちの力じゃ、どうにもならない」
その言葉は、夜の冷気よりも重く沈んだ。
三上は、無線機を握りしめた。
「……山中さん。
あなたは、どうして俺に情報をくれるんですか」
山中は、夜空を見上げた。
灰が街灯の光をぼやかし、
空はどこまでも暗かった。
「……誰かに伝えてほしいんです。
今日、ここで何が起きたのか。
俺たちが何を見て、何を感じたのか。
数字じゃなくて、“現実”を」
三上は、言葉を失った。
山中は続けた。
「あなたは……
数字じゃなくて“人”を見てる。
だから、託せるんです」
その言葉は、
三上の胸の奥で何かを静かに揺らした。
センターの奥から、
誰かの嗚咽が聞こえた。
「……どうして……どうして……」
その声は、
夜の静寂を切り裂くように響いた。
三上は、空を見上げた。
霧嶽は、
夜の闇の中で、
黒い噴煙を静かに吐き続けていた。
その静けさは、
昼間よりも深く、
昼間よりも冷たく、
昼間よりも残酷だった。
――夜明けは来る。
――だが、それが救いになるとは限らない。
三上は、胸の奥で何かが静かに崩れるのを感じた。
夜明け前の静寂は、
希望ではなく、
“絶望の輪郭”を浮かび上がらせていた。




