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果てしなく長く凍りついた日  作者: 双鶴


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第10章 闇の中の声

夜の霧嶽は、完全に姿を消していた。


山の輪郭は闇に溶け、

噴煙は夜空と混ざり合い、

どこまでが空で、どこまでが山なのかさえわからない。


三上遼は、センターの外で無線機を握りしめていた。


救助隊が山道へ入ってから、

すでに三十分以上が経っていた。


――何も聞こえない。

――何も見えない。

――ただ、闇だけが広がっている。


そのとき、無線がかすかに震えた。


「……こちら第一班……視界……ゼロ……」


雑音にまみれた声が、夜気を裂いた。


三上は息を呑んだ。


「ロープ……確認……噴石……落下……注意……」


背後で、家族らしき人々が祈るように手を組んだ。


「どうか……どうか無事で……」


その声が、夜の闇に吸い込まれていく。


無線が再び震えた。


「……風向きが……変わった……噴煙……濃度……上昇……」


山中巡査長が駆け寄ってきた。


「まずい……風が北に回った。

 噴煙が山道に流れ込む……!」


三上は、無線機を握る手に力が入った。


「第一班、応答せよ。

 状況を報告しろ」


しばらく沈黙が続いた。


その沈黙が、何よりも恐ろしかった。


「……視界……ゼロ……

 ロープ……確認……

 噴石……音……近い……」


声が震えていた。


その震えは、恐怖ではなく、

“限界”の震えだった。


次の瞬間、無線が鋭い音を立てた。


「上から来るぞ!!」


叫び声。

衝撃音。

砂利が崩れる音。

誰かの息が詰まる音。


そして──沈黙。


三上の心臓が跳ね上がった。


「第一班、応答せよ!

 応答せよ!!」


山中が叫んだ。


だが、無線は沈黙を返すだけだった。


その沈黙が、夜の闇よりも深かった。


数秒後、かすかな声が聞こえた。


「……退避……

 退避……

 これ以上は……無理だ……」


その声は、敗北の宣告だった。


三上は、胸の奥が凍りつくのを感じた。


――また、山が拒んだ。


救助隊は戻り始めた。

ヘッドライトの光が闇の中で揺れ、

その揺れは、まるで迷子の灯火のようだった。


センターの前に戻ってきた隊員たちの顔は、

灰にまみれ、疲労と悔しさで歪んでいた。


「……ダメだったのか」


誰かが呟いた。


その声は、夜の冷気よりも冷たかった。


隊長がヘルメットを外し、

深く、深く息を吐いた。


「噴石が止まらない。

 視界もゼロだ。

 これ以上は……誰かが死ぬ」


その言葉は、

救助の終わりではなく、

“希望の終わり”を告げていた。


三上は、空を見上げた。


霧嶽は、

夜の闇の中で、

黒い噴煙を静かに吐き続けていた。


その静けさは、

昼間よりも深く、

昼間よりも冷たく、

昼間よりも残酷だった。


――この一日は、まだ終わらない。

――終わる気配すらない。


三上は、胸の奥で何かが静かに崩れるのを感じた。


夜の山は、

人間の祈りなど聞いていなかった。


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