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果てしなく長く凍りついた日  作者: 双鶴


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第9章 届かない声

夜の霧嶽高原センターは、

昼間の混乱とは別種の静けさに包まれていた。


救助隊は闇の中へ消え、

家族たちは祈り続け、

灰は絶え間なく降り続けている。


三上遼は、センターの壁際に腰を下ろし、

無線機を握りしめていた。


――夜になっても、何も終わらない。

――むしろ、闇がすべてを飲み込んでいく。


そのとき、無線が震えた。


「三上、状況はどうだ」


大畑デスクの声だった。

だが、その声の奥に、

本社の冷たい気配が混じっていた。


「……救助隊は夜間捜索に入りました。

 噴煙は弱まっていますが、噴石の危険は続いています。

 山頂の状況は依然不明です」


「わかった。

 だが本社が“確定情報”を求めている。

 取り残されている人数、負傷者数、

 救助隊の進捗……

 できるだけ早く送ってくれ」


三上は、無意識に拳を握りしめた。


――また数字か。

――この状況で、数字をどうやって確定する。


「……現場は、誰も何も“確定”できていません」


その言葉は、自分でも驚くほど冷たかった。


無線の向こうで、大畑が短く息を呑んだ。


「三上……気持ちはわかる。

 だが新聞は“事実”を伝える場所だ。

 数字がなければ、読者は状況を理解できない」


「理解……?」


三上は、思わず立ち上がった。


「大畑さん、

 ここには“数字”じゃなくて“人”がいるんです。

 震えている人、泣いている人、

 山に家族を置いてきた人……

 その声は、数字じゃ伝わらない」


ロビーの隅で、誰かが嗚咽を漏らした。

その音が、三上の胸に刺さった。


無線の向こうで、大畑が静かに言った。


「三上……

 お前がその声を拾ってくれることを、

 俺は信じている。

 だが、それだけでは記事にならない。

 “数字”と“声”の両方が必要なんだ」


三上は、言葉を失った。


――両方。

――だが、現場には“片方”しかない。


「……わかりました。

 できる範囲で送ります」


無線を切ると、

三上は深く息を吐いた。


灰が風に舞い、

世界が揺らいだ。


そのとき、背後から声がした。


「三上さん」


振り返ると、山中巡査長が立っていた。

顔は灰で汚れ、目の奥には疲労が滲んでいた。


「……聞こえてました。

 大変ですね、記者さんも」


三上は苦笑した。


「大変なのは、あなたたちです」


山中は首を振った。


「いや……

 “伝える人”がいなきゃ、

 俺たちの苦労は誰にも届かない」


その言葉は、

夜の冷気よりも深く胸に沈んだ。


「……山中さん。

 どうして俺に情報をくれるんですか」


山中は、しばらく黙っていた。

そして、静かに言った。


「今日の霧嶽は……

 誰か一人の力じゃ、どうにもならない。

 だから……

 “伝える人”に託すしかないんです」


三上は、言葉を失った。


山中は続けた。


「あなたは……

 数字じゃなくて“人”を見てる。

 だから、託せるんです」


その言葉は、

三上の胸の奥で何かを静かに揺らした。


ロビーの外では、

救急車のサイレンがまた響き始めた。


その音は、

“終わりの見えない一日”の鐘のように聞こえた。


三上は、カメラを握り直した。


――逃げることはできない。

――この一日を、見届けるしかない。


夜の霧嶽は、

黒い噴煙を静かに吐き続けていた。


その静けさが、

何よりも残酷だった。


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