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果てしなく長く凍りついた日  作者: 双鶴


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プロローグ あの秋の一番長い日

秋の空は、あの日に限って、異様なほど澄んでいた。

霧嶽の稜線は、まるで刃物のように鋭く空を切り取り、

山頂へ向かう登山者たちは、その静けさを疑いもせずに歩いていた。


午前十一時五十二分。


世界は、音もなく裏返った。


山頂の観測カメラが捉えたのは、

白い煙が“破裂するように”立ち上がる瞬間だった。

それは雲ではなかった。

それは霧でもなかった。

それは、山が長い眠りの底から、

怒りを一気に噴き上げたような、暴力的な立ち上がりだった。


噴煙は数秒で膨れ上がり、

灰色の塊となって空を覆い、

山頂にいた人々を飲み込んだ。


逃げる時間など、どこにもなかった。


山麓の霧ノ谷町では、

観光客が空を見上げ、スマートフォンを掲げ、

その異様な光景を撮影していた。

誰もが、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「何が起きてるんだ……」

「噴火……なのか?」


その問いに答えられる者は、まだ誰もいなかった。


地方紙「信濃日報・霧ノ谷支局」の三上遼は、

テレビ画面の前で固まっていた。

噴煙は、まるで生き物のようにうねり、

山頂を覆い尽くしていた。


電話が鳴り始める。

警察から、消防から、登山者から。

「噴石が降ってきている」

「視界が真っ白だ」

「助けてくれ」

断片的な声が、支局の空気を切り裂いた。


息つく暇など、最初からなかった。


三上はカメラを掴み、車に飛び乗った。

外はまだ静かで、秋の陽射しが眩しいほどだった。

だが、遠くの山頂には、

黒い雲のような噴煙が広がり続けていた。


道路はすぐに渋滞し、

観光客が不安げに空を見上げていた。

ラジオは緊急ニュースを繰り返し、

気象庁は噴火警戒レベル3を発表した。


世界が、急に速くなった。

そして同時に、終わりが見えなくなった。


霧嶽高原センターでは、

灰にまみれた登山者が次々と運ばれてきた。

「真っ暗になった」

「音が聞こえなかった」

「逃げる暇がなかった」

その言葉は、どれも震えていた。


救助隊は山頂へ向かったが、

噴石が降り注ぎ、

火山灰が視界を奪い、

ヘリは近づけず、

地上からの接近も困難だった。


自然は、ただ黙っていた。

人間の叫びなど、聞こえていないかのように。


夕刻、日が沈むと、

救助はほぼ不可能になった。

山頂の状況はわからないまま、

夜が降りてきた。


三上は、

山麓で泣き崩れる家族の姿を見つめながら、

胸の奥が凍りつくのを感じていた。


この一日は、終わらない。

終わるはずがない。


夜のニュースは、

「心肺停止者多数」という言葉を繰り返した。

支局に戻った三上は、

記事を書こうとしたが、

指が震えて動かなかった。


外では、

霧嶽が静かに立っていた。

まるで何事もなかったかのように。

その静けさが、何よりも残酷だった。


たった一日。

されど一日。

世界が凍りついた、あの秋の一番長い日。


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