【AIイラスト満載】物語で楽しむ北欧神話:オーディンとミーミル(隻眼の主神と生首の賢者)~滅びに挑む「最上の負けかた」~
ユグドラシル──世界樹──
世界の中心に聳える、巨大なトネリコの木。
この樹が、全ての世界を支えている。
樹の頂上には、アース神族の住処であるアースガルド。
人間の住処ミズガルズは、中央に。
巨人族のヨトゥンヘイムは、東に。
そして、最下部には死者の国であるヘルヘイム。……などなど。
広く伸びた枝の上に。
太く張る根の元に。
数多の世界が存在するのだ。
運命の女神ノルンは、世界樹が枯れてしまわぬよう、泉の水を汲み上げ根元に注いでいる。
ノルンは三人。
過去を司るウルド。
現在を司るヴェルザンディ。
そして、これから起こる未来を司るスクルド。
三柱の女神達だ。アース神族の神々よりも古くから、世界の運命を支配している。
彼女たちは、命の糸を紡ぎ、その長さを定め、絡ませては断ち切る。
人間やドワーフ、動物、巨人。
そして、神ですらも。
織機に全ての糸をかけ、運命というタペストリーを織り上げているのだ。
若き主神オーディンは、疑念を抱いていた。
ノルンが、このタペストリーを「織り終える」時が来たなら。
この世界はどうなるのだ……?
神といえども万能ではなく、死ぬことだってある世界だ。
ノルンと直接会って尋ねたかった。
だが、彼女達とはコンタクトが取れない。
確かに存在しているのだが、自分達のような人格神ではない。いわば概念的な存在なのだ。
オーディンは、代わりに賢者を頼ることにした。
巨人族の古老、ミーミル。
ユグドラシルの根本にある、古き知恵の水を湛えた泉を守る者。
毎日、角笛ギャラルホルンで泉の水を飲み、世界全ての記憶と知識をその身に宿しているという。
「賢者よ、どうか泉の水を一杯頂きたい。私は知識を、知恵を得たいのだ。この世界の運命を知るために」
だが、賢者ミーミルは首を振った。
「この水は、やすやすとは得られぬ。知恵を得るためには、代償を支払う必要があるのだ。貴殿の最も代えがたいものと引き換えならば許そう」
そこで、オーディンは躊躇いなく自分の片目をえぐり取った。
それを認めて、ミーミルは厳かに頷き、角笛を差し出した。
隻眼となった若き主神が、知恵の水を汲み、飲み干す。
しばしの後。
瞑目していたオーディンは、静かに片目を開いた。
「……世界は、滅びるのだな」
賢者ミーミルは、淡々と答えた。
「ああ、そうだ」
知恵の泉から水を飲み続けていたミーミルは、とっくに知っていたのである。
それ以来、オーディンは参謀を得た。
ミーミルの泉を訪れては、その知恵を乞う。
巨人族と神族という垣根を越えて、二人は固い絆を築いた。
やがて訪れる、世界の終わり。
それを回避できないか検討する。
それとは別に、オーディンは直近の問題にも立ち向かわねばならなかった。
自分達アース神族と、敵対するヴァン神族との争いだ。
ようやく和平案がまとまったのだが、それは互いに人質を交換するというものだった。
「お主が行ってくれまいか。お主の知恵は、我がアース神族にとって最上のものだ」
オーディンはミーミルに頼んだ。
彼は主神。いわばトップであるのだが、ミーミルとは師弟のような間柄でもある。
上から命じる口調ではない。
ヴァン神族が寄越した人質は、ニョルズ、フレイとフレイヤ。
最高位の実力者だった。
交換なのだから、こちらもそれに見合う者を選ばねばなるまい。
ミーミルも事情を理解していた。オーディンの考えは正しい。
ところが、もう一人の人質は、話し合いの末ヘーニルに決まってしまった。
オーディンの兄弟神である。彼のランクならば人質交換に相応しいとの理由で。
ヴァン神族側も喜んで、ヘーニルを自分たちのリーダーに据えたものだ。
「私たちヴァン神族のリーダーは、アース神族最高位の神。つまり、私たちはあなた方と対等なのですよ」
そうアピールする狙いだ。
しかし、大誤算があった。
ヘーニルは、確かに血筋がよかった。
顔も良く、姿も立派だった。
見かけは完璧。
だが……中身がポンコツだったのである。
なにも自分では決められない。
判断を求められると、
「ミーミルに聞いてくれ」
の一点張り。
だめだこりゃ、となるのは早かった。
傍に控えているミーミルの方が、実権を握っているのは明らかだった。
ヴァン神族は怒り心頭である。
こんな使えない奴、我らのフレイ・フレイヤの代わりになるものか! 馬鹿にしやがって。
だが、ここでヘーニルを殺してしまったら、再び戦争だ。見掛け倒しであれ、オーディンの兄弟神なのである。
それは避けたい。
でも怒っている意思表示はしたい。
そこで。
なんの後ろ盾も無い巨人族の方を代わりに殺すことにした。
ああ……やはりそうなるか。
引きだされたミーミルは、抗う素振りを見せずに膝をついた。
中身のない器は生き残り、中身の詰まった器は割られるものだからな。
賢いこと、有能であることは、時に危険を引き寄せ、命を縮める。
逆に、無能で何もしない者は、嵐が過ぎるまで生き残るのだ……。
ミーミルは殺された。
そして。
ヴァン神族は、斬り落とした彼の首をオーディンに送り付けたのである。
オーディンは悲嘆に暮れた。
完全に自分のせいである。
だが、ここでミーミルを失うわけにはいかぬ。
世界の終わり──ラグナロク──が、これから訪れるのだから。
何をすべきか。
彼無しに自分だけで立ち向かえはしないのだから。
オーディンは薬草をすりつぶし、ミーミルの首に塗って防腐処理を施した。
そして、魔法の歌を繰り返し聞かせた。何度も、何度も。
やがて。
『……どうやらあなたは私を必要としているらしいですな』
生首が喋った。
「ミーミル!」
オーディンが顔を輝かせた。
生き返ったか。失わずに済んだのだ、彼の知識、そして知恵だけは。
「すまなかった。私のせいだ。だが頼む。どうか、まだ私の力となってくれ」
伝えたかった謝罪と願い。
胸につかえていた言葉を口にした直後。
オーディンは責めるようにミーミルを問い質していた。
「ミーミル、本当に世界は終わるのか? 我らは滅びるしかないのか?」
生首の賢者は、淡々と答えた。
『ああ、終わる。世界樹ユグドラシルは崩壊する。滅びは定めだ。この世界が始まる前から決められた運命なのだ』
どことなく、生前のミーミルとは声が変わった気がした。
胴体が無くなったせいなのか。
心持ち甲高く、抑揚も乏しい。
だが、会話はできる。以前と変わらない。
「……では、なにも戦わなくともよいか。滅びるに任せれば」
自暴自棄に吐き捨てたオーディンに、ミーミルは言った。
『いいや、それは違う。戦うのだ、オーディンよ』
隻眼の主神が、俯いていた顔を上げた。
『戦って負ける。だが、最上の負けかたをするのだ』
やがて、冬が来た。
フィンブルの冬。三年に渡って夏が来ず、厳しい寒さが続いた。
これが、「世界の終わり」の始まりだった。
困窮は、秩序を失わせ、倫理を狂わせた。
殺し合いや近親相姦が横行し、世界は荒廃の一途を辿っていく。
そんななか、オーディンは決戦への備えを進めていた。
兵力の補充。
そのためにエインヘリャルを増兵した。
ワルキューレが強制スカウトしてきた、地上の戦場で死んだ勇敢な戦士である。
これによって、人間世界ではさらに戦争が増え、荒廃が進んでしまった。
でも、どうしようもない。
時間を稼ぐために、勝敗が決するまで少しでも持ちこたえる必要があるのだ。
やがて。
太陽が、狼スコルに呑み込まれた。
月が、狼ハティに呑み込まれた。
滅びへの前奏曲は、止まらずに鳴り響く。
『巨狼フェンリルを騙して、世界樹の根元に縛り付けておりましたな。その鎖を今一度確認するのです』
ミーミルは、オーディンに知恵を授け続けた。
そして、着々と準備も進めていく。
とうとう。
大蛇ヨルムンガンドが、海から這い上がって大地に毒を巻き散らし出した。
巨狼フェンリルも、鎖を断ち切ってしまう。
「邪神ロキが脱走しました。ナグルファルの船で、霜の巨人を引き連れて押し寄せてきます!」
報告が入り、オーディンはいよいよ決心を固めた。
神々の黄昏──ラグナロク──。
我ら神が滅びる時がやって来たのだ。
世界のあらゆる混沌が、牙をむき出して、この世界を滅ぼす時が。
「ミーミル、彼らは間に合うだろうか?」
オーディンは、腰にぶら下げた生首に問いかけた。参謀殿は、こうやって持ち運ばなければならないのだ。
『あとは彼ら次第ですな。自らの意思で生きたいと願い、苦難を乗り越えようとする者がおれば、道は開きましょうぞ』
「ただし、その時間稼ぎをする必要があるというわけか」
『ええ。人間の足で、業火を掻いくぐり、あの森まで辿り着く時間が必要です』
あそこまで逃げ延びれば、世界樹を焼き尽くす炎からも守られるであろう。
「私は負けるのだよな?」
『ええ、そうです。ですが戦うのです、主神オーディンよ。古の世に、敗北を知りながら勇敢に戦った神がいたと示すために。その誇りと、新たな時代のために』
「最上の負けかたをするのだよな」
ふっと、オーディンの頬に笑みが浮かんだ。
初めて出会った頃より皺が刻まれている。
髪も白く枯れていた。
「ところで、お主はどうする? ホッドミーミルの森へ連れて行かせようか?」
オーディンが、腰に括りつけた布を外そうとした。部下に託せば、可能であろう。
『いいや、このままでよい』
「なんだ、私と共に死んでくれるのか」
『いや。私はもう死んでいる』
「そうだったな」
『連れて行け、オーディン。巨人スルトの業火の中でも。巨狼フェンリルの、その胃の腑の中でも……!』
ミーミルの言葉を聞いた直後。
凄まじい雄叫びを上げて、オーディンは敵陣に突っ込んで行った。
味方も遅れじと続く。
ヴィーグリーズの平原。
決戦の火蓋が、切って落とされた。
炎の巨人スルトの剣が、世界全体を焼き尽くした。
世界樹ユグドラシルは炎上し、大地は海に沈んだ。
定め通り、世界は滅んだのだ。
だが、業火を逃れた森から、二人の人間が出て来た。
男の名は、リーヴ。
女の名は、リーヴスラシル。
自らの意思で、ラグナロクの間も森に隠れて露を啜り、耐え抜いた者達である。
これこそが、ミーミルの「最上の負けかた」。
滅んだ世界に、種を残す。
この男女が、人間の世、新世界を創り出していく。
そして、神話は終わりを告げるのだ。
〔終〕
─────────────────────────
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
AIイラスト、頑張って作りました。
私の苦闘っぷりは、こちらの作品で公開しております。
【小説に挿絵を入れたくてAI画像生成を始めたけど、大苦戦している話】
https://ncode.syosetu.com/n7288li/
AI画像生成をやったことのない方でも、「これなら自分でもできるんじゃね?」と思うこと請け合いです。
他にも、下記のような作品を投稿中です。
・【ダンジョンズA】:小学生男女が活躍する王道ほのぼのファンタジー
https://ncode.syosetu.com/n2217iu/
・【カイコン】:ネコ耳の美女と美少年とおっさんが奮闘する「昭和ファンタジー」
https://ncode.syosetu.com/n5126kt/
そして、神話がお好きな方にぜひ。
現在は毎週土曜日に「名画の詩集~神話編~」を連載しています。
北欧・ギリシャ・ローマ・中国の神話から紡ぎ出した「詩」と「神話の物語」をセットでお届けしています。
https://ncode.syosetu.com/n1558ln/
実は、今回の短編も「名画の詩集」でやるつもりだったのですが、パブリックドメインの絵画が見つからなくて……。
「絵が無ければ作ってしまえばいいじゃないの! オーッホッホッホ!」
(なぜかマリーアントワネット風の高笑い)という勢いで、AIで生成した絵を添えてお送りしたのであります。
……実のところ、冷や汗ものでした。なんとか出来てよかった~!
どうぞ他作品も覗いて行って下さいね!




