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亡き乙女の空に羽ばたく為に  作者: ちゅんぴ
第8歌 蝕む呪縛
80/90

8-(2) 精算の刻

 オリヴァーは、珍しく僕を深夜にある場所に呼び出した。普段僕らは例の居酒屋で会っているが、最近となると別の場所で会う事も珍しくなくなってきていた。


 先週など、山登りにでも行こう、と持ちかけられ、僕はその彼の提案に加えてキノコ狩りをしよう、と提案した。

 実の所、人生で一度でもいいからキノコ狩りという伝統に触れてみたかったのだ。果たして彼はその提案をすんなり受け入れた。そして当日の彼の手腕は何という代物だっただろう。思い出しただけでも胸中が高揚するのが分かる。

 僕は、キノコを見つけるなりキノコの形状の観察に没頭するあまり、大した数を採れなかった。だが彼といえば、要領が良いのか、手際よくキノコを採取してはその最中に新たなキノコスポットを探し、暇な時間などないように思えた。

 結果的に、彼は僕よりも三倍の量のキノコを採取した。僕はその彼のあまりの手腕に感動させられたものだった。オリヴァーといえば、僕の妙な程少ないキノコたちを見ても、文句を言うどころかただ目を細めて笑うだけだった。


 そんな折、彼はまたしても僕を誘った。オリヴァーは何かもっとプライベートな部分まで僕を探ろうとしているのか、はたまたさらに親交を深めようとしてくれているのか。ある日の夜、指定の日に指定の時間で浜辺にて待ち合わせるよう言い渡された。

 このシチュエーションには嫌な記憶が蘇りそうになったものの、せっかく向こうから誘ってくれているのだ。断る訳にはいくまい。僕は喜んでその誘いを受けた。


 が、その結果はどうだろう。いったい何があれば、どうしたら、このような光景を目にする等と予想できるものか。

 現在、僕の目の前には、口元をガムテープで塞がれ、手足を布で拘束されたアンナがいた。そしてその隣には、厭らしい笑みを浮かべたオリヴァーが立っていた。さらにオリヴァーの背後に、まるで胸の昂りをとめられないかのような笑顔を浮かべるカーヤがいた。


 僕は、指定された時間にオリヴァーと落ち合うなり、彼により海辺の廃墟へと招かれた。道中、どこへ向かうのかと問うても、彼は「着いてからのお楽しみだ」と言ったきり教えてはくれなかった。そしていざ目的地に到着してみると、そこは不気味な程に人気のない場所に忽然と健在する、元民家であろう廃墟だった。

 僕は当然戸惑った。以前夜遊びに耽っていた分、何かいかがわしい匂いを感じ取ったからだ。それに前に居酒屋で話していた際、オリヴァーは僕にアンナとの別れを勧めてきた。まさか、そういった遊びに巻き込まれるのではないか……そういった不安から、僕はしばしの間廃墟の中へ入る事ができなかった。

 そんな僕を見かねてか、オリヴァーはいつまでも突っ立ったままの僕の腕をとり、強引に中へと引き入れた。僕は、その瞬間半ば諦めていた。正直、最近のアンナは何を考えているのか分からない。それに結局僕の空回りだった。ならばいっその事、今ここで終わらせてしまえばいい。そう、思った矢先だった。


 案内された部屋の誇り臭いベッドの上に、見知った女性が横たわっていた。彼女は睡眠薬か何かを投与されているのか、眠っているようだった。

 それだけではない、部屋の奥で銀色が輝くのが見えた。それまで窓の外を見つめていた銀髪の少女――カーヤは振り向き、僕と目が合うなり嬉しそうに微笑んだ。まさにこの場には不釣り合いな純粋な笑顔に、恐怖を覚える事しかできない。

 何故彼女までこのような場所にいるのか。そう疑問に思うなり、カーヤが歓喜の声をあげた。


「やったー! ユリアン、言ったようにしてくれたんだね!」


 カーヤは、間違いなく僕ではない人間に対して言葉を放った。そしてすぐ背後から、「もちろん。約束だからね」と反応が返ってきた。

 瞬時に僕の中に、新たに様々な疑問が生まれる。何故オリヴァーにもカーヤが認識できているのか。そして約束とはいったいなんなのか。そして、何故アンナがこのような姿でここにいるのか。


 そこで我に返った僕は、アンナの元へ駆け寄ろうとした。だが、それもオリヴァーがアンナの前に立ち塞がった事により阻まれた。オリヴァーは、先程カーヤと話していた時とはまるで別人かのような無機質な表情で僕を見た。その一見無感情に見える瞳の奥には、何か強烈な訴えが宿っているようにも見えた。

 僕はこの現状をろくに働かない思考で分析しようと試みた。だがあまりにも唐突かつ意味不明すぎて、脳内は混沌とした真白により上手くはいかず、意味もなくぐるぐると回り続けるだけだった。


「駄目だよ、嘘つきの言葉くらい察する事ができなきゃ」


 オリヴァーが、呆然と立ち尽くす僕に対してそう言い放った。その彼の瞳には、明確な侮蔑が混ざっていた。

 どうして。何も理解のできない頭はその言葉を脳内に浮上させた。だがその言葉が実際に口から出る事はなかった。僕の口は岩のように固く動かなかった。そんな僕にお構い無しに、彼は説明を始めた。嬉々とした口調が、彼の中の狂気を物語っていた。


「俺の本当の名前はユリアンです。聞き覚えあったりするでしょ」


 僕の頭の中は、彼の本名を認識した途端に、暗闇に覆われた。そしてその暗闇の中で一筋の閃光が弾けた。確かにその名前は聞き覚えがあった。かつて、その名をよく口にしていた人物が身近にいたからである。僕は、彼が――その人物の弟、ユリアンが企んでいる事に、今ようやく気がついた。いや、正確には、これまでずっと企んでいた事に。


「皮肉なもんだね。まさかかつてのあんたみたいに、僕まで偽名を利用する事になるだなんて。そう思いません? “エドガー”さん」


 息苦しさが限界にまで達し、窒息しそうになってゆく。まるで僕の周囲一帯から空気というものが無くなってしまったかのようだった。代わって、ユリアンの悪意がそこかしこに充満しているように思えてならなかった。

 僕は、息を整えようとするのに精一杯で、何も言葉を発する事がかなわなかった。そんな僕の様子を、突き刺すようでいて飲み込むような嘲りの瞳が愉快そうに見つめていた。

 しばらくして呼吸が整うようになるまで回復すると、僕は大きく息を吸い込んだ。そして生唾を飲み込んでから、未だ敵意を放つユリアンに対して言った。生唾を飲み込む際、やけにその音が自分の中で大きく響いた。


「本当にすまなかった。僕はなんでもする。どんな事でもするから、どうかアンナは解放してやってくれないか」


 僕は、ユリアンの眼前で膝まづき、震える瞳で彼を見ながらどうにかアンナの解放を願った。彼の企みなら大概の予想はつく。

 彼はおおかた、彼女を利用して僕に復讐しようとしているのだ。僕に踏みにじられた姉の分まで。それに連鎖するようにある事実が推測される。ユリアンがここまで僕への報復に執着するという事は、アンジェリカの死の要因の一つは僕なのかもしれなかった。

 それだけではない、ユリアンは見たところ、カーヤと仲が良い。という事は、アンジェリカが僕の子を孕み、その後どうそれを処理したかまで知っているのだろう。


 僕は、これまで自分が積み重ねてきた罪の大きさに押し潰されそうになった。視界は暗がりに包まれ、今にも体はくずおれそうになった。だがそれでも機能していた触感が僕を現実に引き戻した。ユリアンに前髪を強引に捕まえられ、顔を彼の眼前に引っ張られたのだった。そして彼は、まるで僕の衰弱した姿が面白くてたまらないとでも言うような表情で、口を開いた。


「何今更になって謝ってんだよ。お前がした事全部こっちは知ってるんだよ。今更許してくださいなんて通るとでも本気で思ってるのかよ」


 彼の言葉の一つ一つが心臓に突き刺さった。そのあまりの痛みに両目に涙が滲んだ。それでもなお、彼からの攻撃はやまない。


「お前が心の底から悪いと思ってるなら、お前自身が過去にした事をこの女にされても文句は言えねぇよな」


 彼は、どす黒い声色で、それでいて心底嬉しそうな様子でそう言い放った。それはまるで、この時をずっと待っていた、とでも言わんばかりの。瞬間、僕の心臓が弾ける音が全身に響き渡った。咄嗟に、それだけはやめてくれ、と言おうとした。

 だがそれよりも先に彼が掴んでいた僕の前髪を放り出すように離す方が早かった。僕はその衝撃により埃の舞う床に叩きつけられた。後頭部を派手にぶつけた為に、脳震盪が起こったかと思った。実際に起こったのかもしれない。

 だが今はそんな事どうでも良かった。痛む全身を叱咤して立ち上がり、アンナに近づくユリアンを阻止しなければならない。


 激痛を覚えながらも立とうとした、その時だった。全身に新たな激痛が駆け巡った。それはまるで全身を引き裂かれるような、言葉では言い表せない程の激痛だった。

 程なくしてその激痛が収まると、カーヤがすぐ真横にいる事に気がついた。そして急速に嫌な予感が駆け巡った。そしてまもなくカーヤが口を開いた。そして僕の嫌な予感は確信となった。


「ダメだよるーかす。ゆりあんがやりたい事をとめちゃダメ。るーかすはずっとここで見てるの」


 カーヤは、平然とそう言ってのけた。今この瞬間では、その純真無垢な瞳がおぞましく感じてならない。


「なんでだよ! 僕はアンナを助けようとしてるんだ! あいつは、ユリアンは今からアンナに酷い事しようとしてるんだ。だからお願いだから邪魔しないでくれ!」


 そう僕が泣き叫んでいるうちにも、ユリアンの魔の手は僕のよく知る少女へと迫ってゆく。相変わらず、アンナは眠ったままだ。それを好都合に、ユリアンの手が、彼女のブラウスのボタンを次々と外してゆく。僕は反射的に目を逸らした。


「酷い事? 酷い事って、どういう事をしようとしてるの?」


 カーヤが、不思議そうに尋ねてきた。僕は、単刀直入に叫ぶ。


「彼女の心をさらに壊す行為だ」


 叫んだつもりが、僕の口から漏出したのは震え声だった。

 僕は、立ち上がる為に両腕に力を込めてもう一度、彼女の方を見やった。そして僕の中の時が一瞬静止した。それは視界に決して入れたくない光景だった。

 アンナが身にまとっていたブラウスは完全に脱がされ、彼女の白い肌とシンプルなブラジャーが姿を現していた。しかも、ユリアンの片手がその一方を包み、もう片方の手は彼女のズボンをおろしている最中だった。そのあまりの恐ろしい光景に、僕は気づけば先程とは比にならない大きな声で喉の奥から叫んでいた。


「やめて、お願いだからやめてください、僕は何でもしますから」


 その時だった。それまで閉じられていたアンナの両眼が開いた。それが僕の叫び声によってなのか、それとも睡眠薬の類の効果が切れたのかは分からないが、彼女は覚醒した。よりにもよってこの瞬間に。

 アンナは、ぼんやりとした瞳で眼前のユリアンを見た後、彼の手が伸びている彼女自身の体へと視線を下げた。すると、一瞬間何が起きたのか分からないといったふうに硬直していたが、数秒後にはガムテープで塞がれた向こうの口から叫び声を漏らしていた。パニック状態に陥った彼女は、拘束された手足をばたつかせ、仕切りに唸る。

 ユリアンの方は、この状態が想定内だったのか、暴れようとする彼女を無理やり押さえつけた。ユリアンにとって、小柄な体躯な異性を拘束するのはなんら難しい事ではないのだろう。

 僕はすぐに彼女たちの元へと駆け寄った。先程の僕の懇願が効いたのかもうカーヤは例のおぞましい能力を使って邪魔してこない。


「こいつはお前にとって単に都合の良いだけの女だろ! でしゃばるんじゃねぇ」


 ユリアンは、彼の野蛮な行いを阻止しようと彼の腕に伸びる腕を見るなり叫んだ。僕は、すぐさま「そんな訳ないだろ」と叫び返そうとした。

 だが、それよりも先に彼の動きが止まった。すると瞬く間に彼は崩れ落ち、呻き声を漏らし始めた。まるでとめどない苦痛に苛まれているかのような彼の苦しみ具合に、僕はハッとして背後のカーヤを振り返った。カーヤは、床に伏すユリアンを怒りに満ちた瞳で見下ろしていた。


 すぐに僕は正面へと振り向き、アンナの口を塞いでいたガムテープを剥がし、彼女の手足を拘束していた布を取り省いた。アンナは、完全に憔悴していた。僕を見あげても、「あ……」と声のならない声を発する事しかできないようだった。何より、自身の裸体を異性に見られかねない状態であるというのに、その事に気がいっていない様子である。

 僕は、彼女の裸体を視界に入れないようにそっぽを向くような体勢で、彼女の衣服を整えた。といっても、完全に脱がされたブラウスを着用させるのは難易度が高かった為、上半身は僕が来ていた薄着のパーカーで何とか隠そうとした。

 それでも彼女の肌を完全に隠す事は不可能だったし、何より彼女が非常に狼狽していた為、僕は彼女を抱き抱えるかたちで廃墟を出た。そしてそのまま、人目を気にしながら彼女の現在の住まいである民宿へと連れ帰った。


 民宿の裏扉を目の前にしても、アンナは上の空だった。あのような目にあったのだから無理もない。僕は、「鍵を探すね」と言ってから、彼女のズボンのポケットの中に手を伸ばした。僕がズボンに手を伸ばす瞬間、アンナはびくりと体を強ばらせた。その反応は仕方がないと頭ではわかってはいても、少しだけ悲しさが胸につたった。

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