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亡き乙女の空に羽ばたく為に  作者: ちゅんぴ
第8歌 蝕む呪縛
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8-5 蘇る狂気 * 0 堕ちた雛鳥

 仕事のある日は、昼休憩の時間帯に海岸の奥でルーカスと落ち合った。海岸の奥というのはもちろん、言うまでもなくあの場所だ。浜辺の奥まで駆け寄っていくと、既に人影があった。そこにいるのは確かにルーカスだった。彼はいつも私よりも早めにここにやってくる。その相変わらずの律儀さに満足を覚える私がいた。


 落ち合うなり、私はルーカスに調査の進展はどうかと聞いた。調査というのは、以前私が彼に命じたものだ。それは、カーヤの詳細について。

 なぜ私が空想していた少女の姿をしているのか。彼女の言う“繋がる”とはいったいどういう事なのか。なぜ私の海岸への来訪が彼女の出現条件になっているのか。そして、カーヤを成仏させる方法とはいったいどういったものなのか。そもそもそんなものあるのだろうかと少し疑問に思ってしまうのが、何とも言えない辛さを呼び起こす。


 ルーカスは、私の質問に対し、前回と同じ答えを口にした。まだ何もよくわかっていない、と。私は、何回と聞いたその言葉にうんざりとした。この役たたずめ。お前はカーヤの実の父親なのだから、少しくらい手がかりを集められる筈だろう、と内心で不満を漏らす。二年前、カーヤに初めて会ったホルテでさえ彼女についての何かを知り得る事ができたのだ。だというのに、こいつときたら……。

 私は、我慢ができなくなりルーカス本人に向かって不満を投げかけた。


「ねぇ、あんたお父さんなんでしょ? 娘の事くらいしっかり知っておいてよ。あんたが原因で生まれた命だっていうのに、無責任すぎるのよ」


 するとルーカスは、何も言い返す事などできないといったふうに、唇を固く結び俯いてしまった。そのしおらしい姿を見て思う。二年前の、私を張り倒す事ができたような芯のあるルーカスはいったいどこへいってしまったのだろう。

 それとも、このいかにも自分に自信なさげな様子が本来の彼なのだろうか。これまで散々な目にあってきた彼の事だ、余程自己肯定感が低いのだろう。

 私がそう一人で納得を覚えていると、当のルーカス本人がなんと言い返してきた。


「僕は確かにカーヤの父親だ。でも、だからって何でもかんでも分かるわけでは無いよ。だって親と子は血の繋がりこそあれど結局はただの他人に過ぎないんだ。それにカーヤに関しては、産まれてくる前に既に亡くなっているような命なんだから、尚更分からないよ。まず、そんな存在であるカーヤがいるって事実自体が信じ難いのに」


 私は、そのルーカスの反論に凍りついた。それは、彼の言い分が正論だったからだとか、いきなりの反撃だったからだという訳ではない。彼の放ったあるフレーズに脳が焼き付くように冷えていったのだ。それがどうしてかは分からない。だが、何故か唐突に、ルーカスに突き放されたかのような苦しい心地になった。


“親と子は結局はただの他人に過ぎない”


 その言葉が私の脳内で反芻される。私は、まるで捨てられた子犬のようにその場に立ちすくむ事しかできないでいた。そんな私の様子を心配したのか、ルーカスが私の肩に触れようと手を伸ばしてくる。私は、それを衝動的に払い除けていた。


「触らないでよ」


 次いで口から出たのは、そのような拒絶の言葉だった。気づけば私の胸中は、ルーカスへの憎悪で満ちていた。そういえばそうだ。そうでは無いか。私は、この男の事が憎くて嫌いでたまらないのだ。どこまでも偽善者で、どこまでも浅はかなこの人間が。

 私は、心の底からの軽蔑を滲ませた瞳で彼を見る。すると向こうは、神妙なそれでいて少し寂しげな表情でくだらない問いを投げかけてきた。


「……そんなに僕の事が嫌いか?」


 そのルーカスの言葉を認識した瞬間、私の中で何かが弾ける音がした。私の内側で蓄積されていた煮詰まったものが、一瞬にして体内に漏出し始める。それはついぞ心臓にまで達し、私の思考を乗っ取る事に成功した。


「なんでそんな事聞くの」


 私は、掠れた声でそう問い返した。今にも泣き出してしまいそうなのを必死で堪える。涙が溢れそうになる理由さえ、まともに分からない。今の私は、間違いなく崖っぷちの状態にいた。ここから逃げ出してやろうとも思った。だが、それははばかられた。

 もしも私がここでこのまま逃げ出したりすれば、これからどうなるだろう。おそらく、ルーカスはもう私に会ってはくれない。それは絶対に避けてなくてはならない。そうなるくらいだったらいっその事死んでしまった方がマシだ。彼は、永遠に私の手中におさまっていなくてはいけない。

 だってそうしなければ、カーヤの情報源をごっそりと失う事となる。そう思った瞬間、私の心臓に重しが乗っているかのような圧力にさらされた。


「いや、いいんだ答えなくても。君には取り返しのつかない事をしたから、憎まれても仕方ない」


 ルーカスは、我に返ったかのようにそう言った。私は未だ謎の苦痛に苛まれたまま、それに畳み込むように言った。


「そうだよ。あんたは、私の人生を狂わせた上に自己満足の為に私を利用したんだから。だから、一生その贖罪をしなくちゃいけないの。もちろん、私の傍で」


 続けて私は、「絶対に逃がさないから」とこれまでよりも強めの語勢で口にした。するとルーカスは、嫌になるくらいの真っ直ぐな眼差しで「ああ」と頷いた。その余裕ありげな様子がまた憎たらしく思えた。なぜもっと悲観しないのか。なぜもっと絶望しないのか。


 そこで私は思いついた。これからじっくり彼の精神を傷つけていけばいいのだ。それも、一生立ち上がれなくなるくらいに。彼が私によって苦しみの日々を味わい絶望の中で生を終えるなど、なんて素晴らしい事だろう。

 やはり私は狂人だ。血液への渇望は消失したとはいっても、根本的な部分が変わっていない。以前はその事に絶望した私だったが、この時ばかりは嬉しくてたまらなかった。


 * * * * * * *


 ままが海の底にしずもうとした日、偶然あるおねえちゃんとであった。そのおねえちゃんは、すっごく不思議なことに、わたしと同じものが欲しくてたまらないって感じだった。だからこそ、さみしいその心とわたしは繋がっちゃった。


 そしてわたしに与えられた姿は、そのおねえちゃんの心の奥に住みついている、銀の鳥の姿だった。

 それから間もなくして、ままは崖の上から飛び降りた。ほとんど消えかけのわたしは、エドガーって人を想いながら死んじゃったままの心の声を、最後まで聴いていた。


“どうかこの世界にこの魂の声を保存してください。

 そして何にも奪われぬよう、汚されぬよう、この色のままで守られ続けますように。

 そうすれば私は永遠に、彼と一緒だから”


 ままは不思議な旋律を刻む心臓に、最期まで支配されていた。


 けれど、ままが崖から飛び降りる瞬間、確かに暗闇の中ではきれいな音色が響いてた。わたしは、澄み渡る大空を思わせるその旋律をずっと聴いてたの。幸せに震える生暖かい部屋を手放すのが惜しかったくらいに、わたしの魂は天に向かって両手を広げてた。届くはずのない大空を、確かにあの瞬間、抱きしめることができてたの。

 暗闇に流れるその旋律は、少しだけ後ろ向きな響きでにごったけれど、それからすぐにままの中は音ひとつしなくなった。そして次に聞こえてきたのは、涼しげだけどさびしそうな、浜辺のうちつける音だった。それが、わたしが生まれて初めて聞いたこの世界の音だった。


 わたしは、エドガーが命の片割れ、つまりはぱぱであることを自然とわかっていた。だから、ぱぱに会ってみたいという願いは強くなってくばかりだった。

 わたしは初めは、銀色の飛べない鳥だったけれど、変わったのはあれから数年後、逃走してきたおねえちゃんとまたであった時のことだった。


 何年か経ったおねえちゃんの心の中には、新たな姿が住みついていたの。それは、銀色の髪に銀色の瞳を持つ女の子だった。そしてわたしはまた、おねえちゃんの望む姿になった。直接会って話をするならば、何かの生き物の姿を借りる必要があったから。何より、その時のおねえちゃんも、相変わらずわたしと求めているものが同じだった。その“一緒”がわたしとおねえちゃんに強い繋がりを持たせたのだと思う。


 そうして、新たな姿になったわたしとおねえちゃんは、求めているものを探しに旅に出た。

 そう、求めているもの――「おとうさん」を探しに。

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