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亡き乙女の空に羽ばたく為に  作者: ちゅんぴ
第7歌 散りゆく約束
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7-【1】 テオドール

 数日間張り込んでいたものの、どうしたことか、全くもってルーカス君が家から出てこない。おかしいな。調べたところ、彼の住居はここで間違いないはずなんだが。僕の調査に穴はなかったはずだ。そもそも名家出身の人間の住所を炙り出すなんてそう難くない。


 なんと言っても彼はあのロイエンタールの子だ。先日交換した連作先に連絡を入れてみたものの、一向に出る気配がなく、それをダシにしてロイエンタールの家系の人間に問い合わせてみたのだ。そうすると、他の人間はルーカス君の話をすることを渋る中、一人だけ乗ってくれた人がいた。

 彼女はどうやらロイエンタール家の長女らしかった。なんでも彼女の中に、腫れ物扱いされている末弟への心配は数年ほど前からあったという。

 よかったねぇルーカス君。君の知らないところで君を案じてくれている身内がいたんだよ。


 という、ことのあらましはともかく、張り込みを続けてからしばらくして、自分の予感が見事当たっていた事が判明した。幸いな事に、ターゲットにお目にかかれることができたのだった。

 間違いない、あの黒髪に、リゼの面影のある端正な顔立ち。あの少女こそリゼの娘、アンナに違いない。彼女はこんな雨の中、あの立派な住居から出てきて、何故か泣きながら林道を歩いていった。もしかして、痴話喧嘩でもしたのかな。そんなことを考えながら、尾行に移ることとした。

 ようやく訪れる至福の時を実感し、僕の全身は高揚で震え上がる。リゼ、もう時期君の願いは叶う。僕は一度だって忘れてなんかいやしないさ、君との約束を。


 僕の数多の欠陥は先天的なものなのか、それとも後天的なものか。おそらく後者だろう。僕は情愛に乏しい人間だった。言葉の掛け合いでも、肉体を重ねても、相手に対する愛情めいた感情が湧いてこなかった。それもこれも過去の産物であろうことは間違いない。過去に投げ掛けられた嫌な言葉が脳裏に浮かぶ。


“神様っていうのはね、誰よりも特別で素晴らしくて、他の人を幸せにしてくれるの。だから、あなたは私たちの人生の神様よ”


 何が幸せにしてくれる、だ。あの気狂いな毒親共は、自分たちの息子を人間として見ていなかった。神として仕立てあげ、崇め、まつり、その神がただの自分たちの作り物でしかない偽物であると痛感した暁には見捨てやがった。その結果が、このザマだ。

 だが、同時に感謝している面もある。それは僕に素晴らしい行為を教えてくれたことだ。僕に“食べる”という行為がもたらす感動と革命を植え付けた原因でもあるのだ。

 だがやはり、神扱いされたことへの憎しみは消えない。それ故に僕は神という概念をも憎んだ。


 僕は新興宗教の信者である両親の元に生まれた。物心つく頃には、両親の異常性が露見していた。まだ年端もいかない僕の髪を銀髪に染め、肌を純白に保つために徹底的に外出を禁じた。

 そして僕の年齢が二桁になる頃、食卓には毎回ミミズや蜘蛛が並べられるようになった。両親は怖がる息子に、これを食べたらあなたは神様になれると言い聞かせ、食べさせた。あれらは思い返してれば酷い味がした。正常な料理を食べられるようになってから、あれらの不味さに気がついたものだった。

 そして毎週日曜には、家の中にある礼拝堂で銀色の鳥から摂った血液を頭から全身に浴びせられ、神を身体に宿す儀式が行われた。血なまぐさい全裸の息子の足元で土下座する両親の頭を、幼い僕は無感情で眺めていたんだっけ。


 僕は物心ついた頃から、毎日毎日呪文のように、猟師と銀の鳥の童話を両親に言い聞かせられていた為、玄関扉の向こうには森というものが広がっているのだろうと自然と思っており、そして密かに憧れを持っていた。それでも、なんとなくその夢を持つことは許されないのは勘づいていた。

 だが、ある日、父が夜遅くになっても帰ってこなかった。翌日、戸が叩かれると、母は息子を奥の部屋へ隠した。すると父ではない男との話し声が聞こてきた。来客がある時はいつもこうだった。何故か両親は、息子を他者の目に触れさせることを執拗に避ける。

 しばらくすると男は去り、母が部屋へ入ってきた。


 父は野鳥の狩猟中に崖から転落して亡くなったとの事だった。

 母は、父の死を嘆いた。自分たちは神に見放されてしまったのだと泣き叫んだ。それから母は、あれだけ崇拝していた息子と会話はせず何も食べさせず、ずっと奥の部屋にこもっていた。例の来客が来る時は部屋から出てきて対話をしているが、以前と変わり僕を隠さなくなった。

 そんなある日来客の男に、「なんと敬虔なことか。主のように眩い銀色であらせられる息子さんですね」と褒められたんだ。だがなんと、それに対して母は、「馬鹿にしてんのか!!あれは失敗作だ!!あいつのせいで私と夫は神に見放されたんだ」と怒鳴り、追い返した。相変わらず母は息子とすれ違っても、この小さな姿に目もくれなかった。


 それから直ぐに母は体調を崩し、ほぼ一日中ベッドに横になっていた。来客に怒鳴った日から、誰も家にやってこない為、彼女の面倒を見れる人間はいなかった。

 そんな中、飢えた僕は不思議な夢を見た。自分は森の中を飛ぶ銀の鳥になっていて、悠々と人間達を食らっていく、自由気ままな存在だった。

 目が覚めてから真っ先に視界に入ったのは、ベッドの上で喘ぐ母だった。

 僕は迷わなかった。体力を振り絞り台所から持ってきた包丁で、母の腕を切断した。絶叫する母の隣で、母に生えていた腕に齧り付いた。

 初めて口にする人間の肉は固くて、何より弱った顎ではとても噛みきれず、包丁で一口サイズに切ったものを貪った。母は、ミミズと蜘蛛なんかよりも断然美味しく感じた。気づけば母は、四肢を切断され顔の肉は削り取られ、永遠と殺して、殺してと小さく喘いでいた。


 腹が満たされた僕は、母を放置し玄関口へと向かった。今なら外へ出ても咎める人間はいない。

 速まる鼓動を聴きながら、取っ手にかけた手を必死に動かすが、ガチャガチャと揺れるだけで開かない。焦燥と不安を募らせながらしばらく奮闘していると、突然ガチャりと戸が開いた。内側に開け放たれた扉の先には、巨大な石のようなものが連なっており、扉の先へ踏み出し自身の家を見上げると、それも巨大な石だった。

 きょろきょろと当たりを見回しながら外の世界を歩いていると、大人に話しかけられた。すぐさまその大人にどこかへ連れていかれ、僕が到着したのは警察署だった。聞かれたことは全て答えた。両親について、自身の生い立ちについて、今まで受けてきた仕打ちについて。


 そうして僕は施設に預けられることとなった。施設の職員のほとんどは風変わりな僕と関わろうとしなかったが、中には世話焼きな者もいた。その世話焼きな大人は、僕が施設を出る際に、「これからは自由に生きなさい。過去にも誰にも縛られることなく、あなたのしたいままに」と涙ながらに口にした。――その言葉があったからこそ、僕は今こうして自由な心で生きられているのだ。

 長らく軟禁されていた僕は色々な場所へ行った。そして色々な景色を見て、写真に収めた。そして僕の写真は、旅先で出会った儚げな女をも魅力した。その女こそ、リゼだった。


 リゼと僕は瞬く間に惹かれあった。おそらく、僕とリゼは同じような境遇だったからだろう。僕が時折見せる孤独を、彼女は拒むこと無く受け入れてくれた。そして僕も同じように、彼女の孤独を愛した。

 リゼは何度も美しい声で、素敵な言葉を投げかけてくれた。それらに救われたなんて言葉では、到底言い表せない。


“私は神様とか信じたことなかったの。でも、今は少しなら信じられるかも。だってあなたと出会えたんだもの。こんな奇跡が訪れるなんて思いもしなかった。ふふ、もしかしたら、神様はあなたかもね。いえ、違うわ。私にとってあなたは、神様なんかよりも尊い存在。私を救ってくれてありがとう”


 雨の中、ひっそりと、ずぶ濡れの少女を尾行する中、思い浮かぶのはリゼの言葉。娘以外の光景はたんなる背景と化し、僕の視界から消失していゆく。


“私、あなたと一つになりたい。身も心も全部あなたに捧げたいの”


 ああ。僕も同じ気持ちだ。


“実はね、私、昔から夢見ていたことがあったの。それは、最愛の人に殺してもらうこと。死んでしまいたいって思いは元々あったのだけど、どうせなら、うんと幸せな死に方が良いな、なんて。こんな願望、強欲かしら”


 強欲な訳が無い。自分の命は自分のモノ。君の望むままに終わらせていいんだ。

 そのリゼの願望の通り、彼女は僕に殺されることによって無に帰った後の幸福を手に入れる筈だった。なのにも関わらず、あの娘は彼女を悲しませるだけでなく、その儚い望みさえ奪いやがった。


“アンナを理解することができなかった。最後まで私は娘を遠くの存在なままにしてしまった。あの子は何も悪くない、それは分かってるのに、私の心がそれを認めようとしなかった。なんて最低な母親。娘を人殺しにさせてしまったのは私のせいでもあるの”


 その時、僕はリゼに問うた。


“娘と理解し合えなかったことが寂しい?”


 するとリゼは水晶のような美しい瞳を涙で濡らしながら、苦しみを吐き出した。


“それはもちろん、凄く寂しくて悲しいわ。でもきっとそれはあの子も同じ。辛くてどうしようもないから、あんなふうに狂っちゃったのよ。きっとこれからもっと酷いことをするわ。残酷な犯罪者として大衆に知られてしまうよりも前に、せめてあの子も、一緒に私たちと楽に……ごめんなさい。こんなの、わがままよね”

“構わない。君の願いは僕の願いだ”


 そして、僕はリゼの望むように彼女とその娘アンナの無理心中計画を企てた。だが、一つだけリゼに言っていないことがあった。当時は気恥ずかしくて言えなかったものの、こんなふうになってしまうならば言っておけば良かった。

 それは、僕がリゼ親子を殺害した後、その二人の遺体を食べるということだった。“食べる”という行為によって、何も感じることのできなかった僕は、初めてリゼと魂を共有できるのだ。

 これは、なんと素晴らしいことか。現に今も、僕の一部はリゼでできている。初めて彼女を食した時の高揚は未だに脳に鮮明に焼き付いている。何せ思わず射精してしまった程だ。リゼも僕の中で至福に浸っていることだろう。


 僕の中に眠る彼女に娘を贈り、理解し合えなかった親子を一つにして幸せに導いてやりたい。それだけが、今もこうして僕が生きている理由だ。

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