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亡き乙女の空に羽ばたく為に  作者: ちゅんぴ
第5歌 ある少女の願い
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5-1 予想外の来客

 今夜も庭で読書と瞑想に洒落こもうと、私は本を一冊片手に玄関口へ向かった。

 すると、私より先に庭へと出ていた筈のカーヤが、何やら困ったような表情をして私の元に駆け寄ってきた。私が問いかけるよりも先に、カーヤは口にした。

 どうやら、玄関先に倒れている人間がいたとのこと。私は、カーヤの困惑ぶりから、彼女の勘違いでは無い事を確信すると、ルーカスの元を訪れ、事情を説明する。すると、ルーカスは驚きながらも、自分が確認しに行くと言い出した。


 立場的にも、それが無難だろうと判断した私は、念の為自室へ戻り、護身用のピストルをルーカスに手渡した。もしも例の人間が、倒れたフリをした強盗犯だったならば、凶器の一つや二つ持っていた方が安全だからだ。ルーカスは、私のピストルを見るなり、なぜか一瞬固まったが、すぐに気を取り戻して、礼を言いながらそれを受け取った。

 ルーカスは、ピストルを構えながら恐る恐る玄関扉の取っ手に手を掛ける。そして全身を扉の開く側へとやった。おそらく、まずは扉を僅かに開け、その隙間から外の状態を確認するつもりなのだろう。だが、ルーカスは一度取っ手に手をやったきり、こちらを振り向いた。そして、「何だか、やけに扉が重たいんだ。多分、かの人は扉にもたれかかってるんだと思う」と困惑気味に言った。


 そうすると、いつの間にかこの場に現れていたカーヤが、そこまで警戒しないでいい旨を私たち二人に伝えた。カーヤが言うに、相手は相当心身ともに衰弱しているとの事。私は、すかさずなんでそんな事がわかるんだ、と彼女の言い分を訝しんだ。するとカーヤは、真っ直ぐな瞳で答えた。


「だってあの人、わたしとちょっと繋がっちゃったんだもん。だから、嫌でもわかっちゃうの」


 またもや、カーヤはよく分からない説明をまくしたてた。だが、呆れる私に反して、ルーカスの方はすかさず玄関の扉を開き、向こうにいる人物の救助に移った。私が、ルーカスのその相変わらずのお人好し加減に腹を立てていると、外に出たルーカスが、開いた扉の向こうから、顔を覗かせた。その表情は驚愕に満ちていた。そして、彼は震える声で「こ、この人……」と呻いた。

 それが、こちらへ来いという彼からのメッセージであると受け取った私は、即座に外へ出て、人物の相貌を確認する。

 瞬間、私の呼吸が止まった。次いで、彼女がどうしてここに、という疑問よりも、どうしよう、という恐怖心が私を襲った。この美しいブロンドの髪に真珠のように白い肌。間違いない、これまで何度か接触した事のある、噴水広場の少女だ。確か、取り巻きの男達にはホルテ、とか呼ばれていた気がする。

 私が驚愕のあまり何も言えないでいると、ルーカスが口を開いた。


「どうする? この人、散々アンナの事を煽ってたけど……」


 ルーカスの言いたい事は分かる。私たちにとって、彼女は間違いなく私にとって天敵だ。だが、このままここに置きっぱなしともいかないのが現状である。

 私たちは、ひとまず彼女を起こすか、それとも先に救急車を呼ぶか、どうしたものかと決めあぐねた。だが、上記はこれまでの彼女との接触具合からして抵抗を覚えた。目覚めるなり暴れられでもしたらと思うと不安で仕方なかった。そんなふうな私とルーカスの話し合いを一蹴したのは、カーヤだった。


「その人を追い返したりしちゃダメだよ。その人は、ここに来たくて来たの。だから、絶対にここから追い出しちゃダメ」


 カーヤは、鬼気迫った瞳で真っ直ぐに私たちを見上げ、そう言い放った。その凄まじい気迫に似合わず、声色はいつものように澄んでいた。それが余計に彼女の放つ狂気的なオーラを増幅させていた。私もルーカスも、そんなカーヤにたじろいでしまうのも無理はなかった。そして結局、彼女の言う通りにする事ととなってしまったのだった。もしかすると、この時から既に、私たちはカーヤの掌の上だったのかもしれない。


 ルーカスは、意識を失ったままの天敵女を空き部屋へと運び、ベッドに寝かせた。幸いにも、ベッドの置いてある空き部屋がここを含めあと二部屋ほどあった。このような贅沢な家に、これまでルーカスは一人で住んでいたと思うと、全くもってもったいないと思わざるを得ない。

 天敵女を空き部屋へと運ぶという作業が一段落着くと、それまで鬱積していた疑問が爆発した。それは、ルーカスも同じようだった。なぜなら私とルーカスは、同時に同じ疑問を口にしたからだ。それは、当たり前の疑問であり、あまりにも不可思議な点をついたものだった。どうしてあの人は、ここに来たんだ。それが、私たち二人の共通の疑問だった。


 私たちは、いくつか説を考えては互いに論じた。例えば、彼女は雑木林で道に迷ってしまい、そのまま日が暮れてしまって、パニック状態となり、住居らしき家を見つけて助けを乞おうとした。

 例えば、彼女は夢遊病者であり、無自覚で家を抜け出しここまで辿り着き、その瞬間に意識を失った。例えば――と、それからいくら考えても、幼稚な考えしか浮かんでこなかった。そんな折、これまで私たちの隣で耳を研ぎ澄ましていたらしいカーヤが、割って入った。


「なんで二人ともそんな変なこと話してるの? あの人は、わたしに会いたくてここに来たのに」


 まるで当たり前であるかのように、そう言い放ったのだった。当然ながら、私もルーカスも、そのカーヤの台詞には唖然とした。

 初めは、そんなのはカーヤの思い込みだろうと思った。だが、カーヤの尋常ならざる神秘性には、これまで幾度も驚かされた。いや、恐怖を植え付けられたと言っても良いだろう。要するに、カーヤに常識は通じない。ましてや、私の創り出した存在とはいえ、私やルーカスの想像力を遥かに凌ぐ何かを保持しているように思えてならない。よって、私は、カーヤの言い分をいつの間にか信じてしまっていた。


「カーヤはあの人とも繋がってるって言ってたけど、それが原因だったりするの?」


 私は、華奢な体躯を見下ろし、そう質問した。するとカーヤは、首を縦に振った。そして、不服そうに、「ホントは繋がるつもりなんかじゃなかったのに。あの人もおんなじだなんてわからなかった」と、零した。


「おんなじってどういう事?」


 私は、真剣にカーヤに尋ねた。というのも、以前からカーヤは私と同じだとよく口にしていたからだ。それが創造主と創造物という関係性故に生じるものであるならば何ら違和感などない。

 だが、どうも胸騒ぎがするのだ。カーヤは……この、ヒトの想像力を遥かに超えた幻想は、そういった理屈をさして重要視しない、そのような予感があったからだ。それに人の直感というものは、侮れないものである。それこそ、想像するよりも直感で動いた方が良い場合なんかも当たり前にあるくらいだ。

 すると、カーヤは朗らかに微笑み、答えた。


「るーかすのこと、大好きなこと」


 カーヤがそう答えた途端、私の隣で傍聴していたルーカスが、大きくたじろぐのが視界の隅に映った。彼は、「なっ、えっ」なんて声にならない声を漏らしている。かくいう私も、急速に顔が熱を帯びていくのが嫌でもわかった。

 私は、咄嗟の事に「いいよ、そんなふうに茶化すのは」と反撃していた。するとカーヤは、「え? ちゃか、す、ってどういう意味?」と、助けを乞うような眼差しで、ルーカスへと視線をやった。

 すると、ルーカスは、無垢な質問に対し、「笑わせようとするってことだよ」と、張り詰めた声で答えた。私は、あえてルーカスの方を見ないようにしているが、その声色からして、彼も私のように未だ緊張が抜けていない事がわかる。


「え? わたしは、笑わせようとなんてしてないよ。ただ、ホントのこと言っただけ」


 確かに、カーヤにとっては本当のことなのかもしれない。だが、私の方はともかく、どう考えてもありえない要素が、ツッコミどころがあるのだ。その点については、さすがに本調子でなさそうなルーカスも気がついたらしい。


「でもね、そうは言っても、あの人は僕と仲が悪いんだよ。喧嘩もした事があるくらいだ。だから、カーヤの言うおんなじには含まれないんじゃないか」


 私の感じ取っていた矛盾点を、ルーカスが口にしてくれた。

 ルーカスが、あのホルテという少女に絡まれていた私を助けた後、三人と大喧嘩した事は既に彼の口から聞いている。


 詳細は教えてもらってはいないが、どうやら、彼が持病により意識を失い、目覚めた頃には三人はあの場から消えていたらしい。奴らは、自分たちが気絶させたとでも思い込んで満足して去ったのか、あるいは焦って逃げたのか、おおかたそのどちらかだろう、とルーカスはいつの日か語った。

 自分にとっての真実を否定されたカーヤは、それでも怯むことなく、先程の言葉を言い換えた。


「えーと、もっと良いように言うと、るーかすと同じ人が好きってこと」


 だがそれも、私たち二人を納得させるには無理のある代物だった。本人は先程よりもうまく言い換えたつもりなのだろうが、あいにく、語彙の発達していないカーヤの言葉は、先程のものと同様にしか聞こえない。

 故に、私たち二人は何も答える事ができないでいた。私は、カーヤの気分を損ねないように言葉を濁したとしても、彼女は自分の言い分が事実であると頑なに主張すると考えて、反論するのに疲れたのだった。

 ルーカスの方は、おおかた慈悲からカーヤの言葉を否定するのに躊躇いでもあるのだろう。そんなふうに私とルーカス共々言葉を発するのに躊躇していると、カーヤが続けて口を開いた。


「それに、るーかすがあの人たちとケンカしてたのは知ってるよ。だって、あのときるーかすを助けたから、あの人と繋がっちゃったの」


 私は、カーヤの言い分が相変わらず意味不明で唖然とした。

 対して、ルーカスは、数秒間神妙な面持ちになったかと思いきや、唐突に大きく息を吸い込んだ。それはまるで、何かに気がついたかのような仕草だった。そしてやはり、彼の口からは、誰へと向けられたものでもない、彼の中の確信が漏出した。


「もしかしてあの時、僕が気絶する直前に見えた光景は、幻覚じゃなかったという事か……?」


 そう呟くなり、ルーカスは何かを確認するために、カーヤへと詰め寄った。


「教えて欲しい。あの日、きみはあの人たちに何をしたんだ?」


 そう尋ねるルーカスの声は何故か震えていた。

 私は、その問答を眺める事しかできないのが歯痒かった。

 するとカーヤは、何故か満面の笑みで、恐ろしい事を口にした。


「わたしがうまれなくされちゃったときに感じた痛みとか、苦しみとかを、そのまま感じさせたの。そうしたら、あの三人、すぐに戦うのやめて逃げちゃったよ。やっぱりみんなもあれされるの、すごく痛いんだね」


 その台詞を脳が認識した瞬間、やはり目の前のコイツは幻覚なんかではなく、それ以上の何かであると、瞬間的に察してしまった。

 カーヤという化け物は、何か謎めいた能力を持っているのだ。その内容も原理も理由も何もかもが不明であり、それがいっそう彼女を不気味に感じさせた。

 そして何より、うまれなくされた、というフレーズに、胸中が何故か不安に満ちた。この時はその妙な不快感に困惑したが、私は無自覚でいるだけで、確かにその意味を知っている。いや、教えられたのだ。あの、心地の良いぬるま湯に浸かる、変な夢の中で。


 ルーカスは、すっかり青ざめていた。カーヤという無垢な悪魔が愛らしい瞳で見つめている今も、身動きできずにただその全身を震えさせているだけである。

 私は、そんなルーカスの反応に驚きながらも、心配から声をかけた。するとルーカスは、息苦しそうに答えた。


「なぜだか分からないけど、恐ろしいんだ。カーヤがじゃない。僕自身が怖いんだ。それだけじゃない、カーヤの言っていた言葉、その全てが怖くてたまらない……。あの言葉の意味を理解出来た訳でもないのに、こうなんだ。変だ……こんなの、おかしすぎる……」


 ルーカスは、そう呻いた。その目尻には何故か涙が滲んでいた。

 私は、この状況についていけずにさらに困惑した。そんな私にできることはと言えば、ルーカスに、部屋に戻り休憩するよう促す事だけだった。私は、知らず知らずのうちに、ルーカスの肩を抱き寄せ、彼をカーヤから遠ざけていた。

 この銀の悪魔には、やはり心を許してはいけない。彼女には、人を恐怖に陥れる何かがある。それに、私の恩人を守る事は、何ら不自然な事ではなく、むしろ使命のようにさえ感じた。

 私は、一向に震えの止まらないルーカスを彼の部屋に送り届けると、改めて案じる声をかけた。するとルーカスは、ベッドに腰掛けて震える声で言った。


「僕よりも、あの子……金髪の子の事を考えよう。このままあの子を一人にしておくと、いざ目が覚めた時、アンナの時みたいにパニックになるかもしれない」

「言伝を書いた紙を近くに置いておいても、私の時は無駄だったもんね」


 私は、当時を振り返って、何となく嫌な気分になった。現在が幸せすぎる故か、過去の荒廃した世界に住む自分の事等思い出したくもなかったのだ。だが、そんな感傷に浸っている暇ではないのも事実であった。


「私があの子の部屋にいるよ。最近夜行性になったからか、今もまだ眠くないんだ。読書でもして、あの子の傍にいるよ。そうしたら、いざという時にすぐに説明ができるでしょ」


 それは、私が睡魔に襲われ眠らなかったらの話だが……。とにかく、今私にできる事といえば、このくらいだった。すると案の定ルーカスは、心配そうにその提案に口を出した。


「でも、君とあの子には何かしら因縁があるんだろ。それは何だか、危ないような気がするよ」

「それならきっと大丈夫だよ。だってあっちは、どうやら心身ともに衰弱してるらしいじゃない。そんな状態で、手を出してくるなんてできっこないよ」


 私はすかさず言い返した。ルーカスが不安に思うのも分かるが、実際、ホルテとやらは弱っている。それも、いつかここに初めて来た私の時のように。ならば当然、力量でも精神力でも、こちらの方が上だろう。

 ルーカスは、私の言い分に納得して任せてくれた。ルーカスの部屋を去る直前、私は念の為再度彼の状態を案じた。だが、ルーカスはぎこちない笑みで、キノコの描画に励むから大丈夫だ、と虚勢を張った。私は、あえてその強がりに言及せず、その場を後にした。すると部屋の前にはカーヤがいた。


「るーかす、どこか悪いの?」


 白い悪魔は、そう不安げに口にした。

 そうだ。お前の意味の分からない魔の気迫のせいで、今も苦しんでいるのだ。そう言ってやる事ができたならば、どれほどよかったか。

 カーヤをどうにかこの世から抹消する為には、彼女の孤独を癒してやらなければならない。その為、こうして私たちはカーヤと共に暮らすようになった。だが、今となっては、カーヤは私の映し鏡かさえも真実かどうか曖昧となってしまった。

 とにかく私は、そんな正体のよく分からない化け物からルーカスを遠ざける事だけを考えた。


「そうなんだ。ルーカスは体調が悪いんだ。だから、カーヤは私の部屋で絵本でも読んでて。私はあの新しく来た人を、見張ってくるから」


 私がそう言うと、カーヤは、何故か嬉しそうに笑いながら「わかった!」と首を縦に振るなり、私の部屋へと駆けていった。私は、その無邪気な後ろ姿が、これ以上なく不気味に思えてならなかった。


 カーヤが私の部屋に入るのを確認するなり、私はそれまで触れ合うのを先延ばしにし続けていた一冊の本を片手に、ホルテの寝ている部屋へと向かった。

 ホルテと呼ばれる少女は、端正な相貌に苦悶の表情を浮かべながら眠っている。そんな彼女へと近づき、間近で見てみると、これまた美しい容貌をしていた。太陽の光に愛されたかのようなブロンドの髪はもちろんの事、雪のように純白な肌。私の心臓が、一際大きく跳ねた。

 あれは遠い彼方の出来事だというのに、今でも鮮明に目の前に浮かび上がってくる。幼い白い肌に走った二本の線。そしてそこから滲む朱色の液体。

 あの時、モノクロの世界にただ一つ咲き誇る紅い色彩により、私の枯れ果てた魂は真新しい命として誕生したのだ。あれこそまさに春の芽吹き。私を私としてこの世に繋ぐたった一つの魔法。だというのに、今の私ときたら――。


 私は、いつの間にかホルテの白い首に這わせていた片手をそこからそっと離した。

 私は自分に誓ったのだ。もう決してあの性癖の奴隷になどならないと。そして、その代わりに人の心理というものについて深く理解するよう努めると。

 何より、ルーカスに拒まれたくない、傷つけたくない。そして、彼の事をもっと奥の方まで知りたい、知り尽くしたい。そのような願いが、私を誤った道から遠ざけてくれた。


 私は、居間からもってきたラウンジチェアを壁際に置き、そこに腰掛けて読書に耽り始めた。その間も、ブロンドの髪の少女は、うなされながらも眠っていた。彼女は何度か寝言で「お父さん」と零していた。

 私は、その弱々しい寝言を聞く度に、何故だか私自身の胸まで締め付けられた。それが何故であるかは、想像もしなかった。何より、理解したくない、という私の無意識が、閉ざされた扉を開く事を拒んだ。それが例え、私の新しい願いに矛盾するものだとしても、到底譲れはしないものだったのだろう。

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