表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡き乙女の空に羽ばたく為に  作者: ちゅんぴ
第5歌 ある少女の願い
51/90

5-③ これまでのツケ

 どこまでも無邪気な声が頭の中で鳴り響くのと同時に、光景が切り替わった。

 眩しい程に白い世界で、父らしき後ろ姿が見えた。私は、なんの不安もなく、それが当然であるかのように、父の元へと駆け寄って行った。


 私が明るく父を呼ぶと、父はこちらを振り返るなり満面の笑みを浮かべた。そして私を抱き上げた。その時、父の瞳に映っている私は、幼い姿をしていた。見ると、父の肩に置かれた自分の両手も、とても小さくなっている。

 私は、それを不可思議に思う事なく、父にじゃれついた。すると父は、懐かしく優しい笑い声をあげて、私に親愛のキスをした。


 その瞬間、私は夢の世界から現実へと戻ってきた。だが、すぐにここが現実だと認識する事ができなかった。なぜならば、たった今夢の中で父にされた事と同じような事が、今も起こっていたからだ。違うところといえば、向こうの舌がこちらの口内に入り込んできている点だろう。

 私は、それを感じ取るなりすぐさま相手を突き飛ばし、唇を拭った。口内で人の唾液が混ざる気持ち悪い感覚に蝕まれながら、それまで横たわっていたベンチから立ち上がり、ロバーツを睨みつけた。そして、震える唇を動かして、言った。


「何のつもり!? あんた、自分が何したか分かってるの」


 気づけば、私の脚は震えていた。何とも言えない恐れが、私の全身を這いまわる。まるで裏切られたような、そんな心地に私の表情は固くならざるを得なかった。

 そんな中、ロバーツが慌てながらも、口を開いた。


「え、だってそんな所でイキナリ無防備に寝はじめちゃったから……。話の流れ的に、誘ってるのかなって」


 ロバーツは、なぜ怒られているのかまるで理解が追いつかないといったふうに、そうまくしたてた。


「は……? 誘ってる……?」


 対する私は、彼の口から放たれた衝撃的な言葉に、うろたえてしまった。あまりの衝撃で脳内の整理が追いつかない。誘う? 私が? そんな事は有り得ない、だって私は――。そこまで脳内が荒れ狂った中、忘れていた重要な事を一つだけ思い出す事ができた。


「クラウス! あんたはいったい何やってたの!? 見てたんなら止めなさいよ」


 私は、ロバーツのやや後ろで気まづそうに目を伏せているクラウスを責め立てた。すると、彼は目線を上げ、戸惑う事なく私に言い放った。


「ホルテは俺らがあんたに惚れてるって知ってるだろ。だから、そんな俺らの前でそんなふうに無防備な姿を見せられたら、誘ってるって思うのが自然じゃないか。それでいざ襲ったら責めるなんて、いくらなんでも理不尽なんじゃないか?」


 私は、思ってもいなかったクラウスの反論に、面食らった。まさか彼まで、ロバーツと同じ考えとは思ってもいなかったのだ。それ故に、余計恐怖が色濃くなった。まるで、恐怖という大きな針に全身を貫かれているようだった。


「ち、違うわよ……私は、私は……」


 私は、二人への恐怖心でそれしか口に出す事ができなかった。つい先程まで仲間だと思っていた二人の人間が、実は異星人だったと知ったかのような、そんな現実を疑ってしまう程の鋭い恐怖が、私を追いつめている。

 ロバーツが、一歩踏み出た。私は、反射的にビクッと全身を震わせてしまった。


「なぁ、ホルテ。今回の事は謝るからさ。また今度ゆっくりやろうな」


 ロバーツは、以前と変わらない笑みで、そのような事を口にした。それが余計に恐ろしさを増強し、私はこの場から逃走してしまいたくなった。だが、足が動かない。動いてくれない。私は恐怖と焦燥に襲われながら、今では知らない生き物と化してしまった二人を交互に見やった。

 そこで、クラウスがさらに追い打ちをかけてきた。


「今まで手出すの我慢するの、辛かったんだぜ。その上、ずっとどっちの方かを決めて貰えない日々が続いたんだ。なんなら、今爆発しちまってもおかしくないくらいなんだぞ」


 クラウスは、なぜかニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、近づいてきた。

 私は漠然と思った。この二人は今、追い込まれている私の姿に喜びを覚えているのだ。これまで主導権を握ってきた女が、自分たちの言動により一瞬にしてこうまで弱ってしまうというのは、そんなに嬉しい事なのだろうか。そう疑問に思ったところで、それもそうだろう、と自分で納得した。


 何せ、彼らは本来支配する側の生き物なのだ。そして私は狩られる側の生き物だ。そうだ、これは、これまで逆転していた立場が、本来のものに戻ろうとしている瞬間なのだ。それは、彼らの野性的な部分を刺激するには十分な事だろう。

 ようするに、もうあの二人は、私の知る二人ではないという事だ。野生の本能に支配された、獣と大差ない生物となってしまった。いや、変化したのではないのかもしれない。もしかしたら、元々彼らの中には、現在増幅中の獣とやらが、潜んでいただけなのかもしれない。

 そんな事も知らずに、のうのうと二人を飼い慣らした気分でいた私。そう考えるとゾッとする。遅かれ早かれ、いつかはこんな時が来たのだろう。だが、そのような諦観も、打ち破るような発言が耳に届く。


「なんなら、今からでも三人でセックスするか! それでどっちが良かったかでホルテと付き合う方を決めてくれ」


 良い感じのホテル知ってるんだよ、と、ロバーツらしき生き物が付け加えて言った。私は、もはや答える事さえはばかられた。何より、脳がうまく機能してくれない。今彼が言った言葉を理解するのが、余程恐ろしいのかもしれない。揺れる視界に映るクラウスも、どうやらそれに賛成のようだった。


 私は、近づいてくる二人の生き物がスローモーションに見えた。それでも相変わらず体は動く事を知らなかった。そして私はそのまま二人に連行された。それから私に待ち受ける事はもはや恐ろしいの一言で済むものではなかった。

 私の服を脱がす時の二人の相貌は、もはや人間ではなく野獣だった。そして私の裸体を眺める二人の目は獣を狩る寸前のようにギラギラとしていた。もうその時は既に数多のショックの上に降り掛かった最悪な災難に、自我を留める事を自ら放棄していた。いわば彼らの人形そのものだった。

 事が完全に終わる頃、私の世界は死に絶えていた。先手だったロバーツの、私の処女膜を破った興奮の声等さして耳に届かなかった。その為、二人にどちらを選ぶかと詰め寄られても、ろくに返事をする事ができなかった。


 物言わぬ私に二人は痺れを切らし、さらに話を進めていった。それは、私が喜びの反応を見せるようになるまで、しばらく毎日こうして三人で寝るといった事だった。私は、監獄に囚われた囚人の心地でそれを聞いていた。

 あの二人は既に、私なんかを見ていない。自分の欲求を満たせる相手を欲しがっているのだ。それが誰であろうと、もはやあの二人には関係がない事なのだろう。私は、そんな事をいつか、誰かにも思ったような気がした。そして思い出した。父に完全に捨てられた、と悟った瞬間の事を。


 私は、またもや捨てられる事となったのだ。しかも一気に二人に。そしてこの時ようやく自覚した。私が欲しかったのは恋人では無く、父親だったのだ、と。故に、私は、あえて二人の選別を先延ばしにしていた。そうする事で、二人ともずっと私の傍にいてくれる。

 結局、私は二人を無理やり父親のように思い込む事で、孤独を誤魔化していた道化にすぎないのだ。ならば、現状のこの有様だって自業自得ではないか。私は元から二人の要求に答える気もないくせに、良いように扱っていたのだから。

 だが、だからといってこのまま二人の玩具にされるのはごめんだった。昔見た父の笑顔が、灰に包まれた私の世界に光を灯してくれて、勇気を与えてくれた。私は、服を着始めると、ドアの方に向かって歩いていった。あの獣と化した二人は、何事かと焦って私を呼び止める。が、私は言い放った。


「私は元からあんた達なんかに興味無かったの。だから付き合う気なんて微塵も無い。だけどこれまで私はあんたらを振り回してた。でもその代償を今支払った。だから、私たちはもうこれでさよならよ」


 二人の声は途端に聞こえなくなった。呆気にとられているのか、それとも私の鼓膜がやられたのかは、どうでもよかった。そうして私は嫌な雰囲気のする建物を出た。

 私は宛もなくさまよいはじめた。ただ、私の胸中には、またひとりぼっちになってしまった、という虚しさが充満していた。

 そんな私の脳内に、例のものが流れ始めた。それにストレスを覚える事はなかった。なぜだか、この記憶と私は、既に一体化しているように思えて、さして違和感を覚えなかったからである。


 記憶の主は、ひたすら寂しがっている。私はといえば、それに対して、そうね、なんて心の中で相槌を打っている。脳が溶けていく感覚に精神が侵されようとも、侵入してくる他者の思考に対して耳を傾け続けた。

 もはや自分の意思がどこにあるのかさえ判然としない状態だった。それでも、力の無い両足は、これまで来たことの無いような道を選んで歩いていく。先程から脳内を侵す彼女の意識によって、私の足は歩を進めた。

 苦痛等、慣れてしまえばかえって快楽と化す。そのようなくだらない事を実感しながら、私は、いや――私たちは、ある場所へと向かう。そこがいったいどのような場所なのかは私は知らない。けれど、彼女が知っている。なぜなら、私がこうしている今も、わたしはあそこにいるのだから。その彼女の意識に、ほんの僅かに残った思考力で、私は納得した。


 そうか、あなたがいる場所なのね。ならば、こうしてどこかへと歩き続けている事は何も不自然では無いわ。だって、同じ存在は惹かれ合う運命なんだもの。ということは、あなたにとって私は、運命の人なのね――。


 どこからともなく侵入してくる思考により、混濁した私の意識は、今自分が歩いている場所が、大層な雑木林である事に気がついていなかった。その為、月が木々に遮られた事により、自分の周囲が薄暗くなった事を何となく不思議に思っていた。

 どうしていきなり暗くなったのだろう。そのような疑問も、胸の奥から湧き上がる別の自分の声により、解消した。

 きっとここは人が住んでる場所じゃないんだ。私はいつの間にか生者が来てはいけない場所に来てしまったんだ。という事は、私を導くこの意識、あるいは記憶は、死神のものだろうか。そうか。私はもうすぐ死ぬんだ。死ねるんだ。


 それまで色々なものがまぜこぜになり混沌としていた胸中が、爽やかな風を通すのを確かに感じ取った。まさかこれ程までに自分が無への帰還を待ちわびていたとは思いもしていなかった。だが、その驚愕よりも、幸福感の方がはるかに大きい。

 生きていても無駄な世界。無駄な命。無駄な肉体。無駄な記憶。何もかも無駄な私。なくなる事ができるならば、早くそう言って欲しかった。そうすれば、私はあなたを怖がる事なんかなかったのだから――。


 もう愛着対象と化してしまった、脳内の誰かさんに、私は語りかけた。するとその直後、周囲が明るくなった。仄かな光が地面を照らしていた。私は、これこそ死への祝福だろうと確信した。精神が幸福への賛美に溶けて、身体中を流れていくのがわかる。

 それまで意識でしか感じ取れなかった死神の姿を確認する為に、私はそれまで俯いていた顔を上げる。死ねる事もそうだが、私の同士たる者と直接会える事がたまらなく嬉しかった。

 すると、暗がりの中にぽつんと佇む、一軒家が視界に映った。一般的な住居と比較すると豪華な造り。おそらく、たった今私だった人間の、本来帰るべき建物よりも、高級な事だろう。


 私は、直感的に確信する。あそこにもう一人の私――脳内に住む死神が、いることであろう。ならば、進むしか選択肢はない。私は、一軒家の玄関先まで近づくと、インターホンを押そうと片腕をあげた。

 だが、その指先がインターホンに触れることはなかった。既のところで、私の体は崩れ落ちたからだ。未だあげられたままの片手を見やる。すると、手の輪郭をうまく視界で捉えられない。完全にボヤけていた。それでも、まだ扉は認識する事ができる。私を死という幸福で満たしてくれる扉が。

 私は、這いずってでも、その扉へと近づいた。疲労が鬱積した身体が階段の凸凹により受ける打撃等、気にかける暇もなかった。やがて、小さな階段の頂上にへたり込むと、私は扉を直接ノックしようと試みた。

 だが、私は既に麻痺しきっていた。故に、自分がどれだけの疲労を心身に抱え込んでいたか、無自覚でいた。その為に、私は突如遅いきた目眩に打ち負け、あげた片腕と体を扉に押し付けるかたちとなった。そしてそのまま、意識が遠のいていくのを感じた。私はその間、悔恨の大波に呑まれながら、思った。


 もう少しだったのに。後もう少しで、私を無くしてくれる存在に出会えたのに。どうしていつも私は、こんなふうに上手くいかない事が多いんだろう。神様って、やっぱり残酷だ――。

 気がつく間もなく、私は、不格好な体勢のまま、辺鄙な場所で眠りに落ちてしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ