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亡き乙女の空に羽ばたく為に  作者: ちゅんぴ
第4歌 殺されてゆく私
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4-10 告白/1

 あれからもルーカスはカーヤとの約束を守り続けているらしい。創造主の元を離れたまぼろしなんてまるで聞いた事が無い。何しろ、私とカーヤはほぼ絶縁状態のようなかたちだ。ここ一週間会う事だってないのだ。それはカーヤを成り立たせていた私の願望の消失を意味する。だというのに、どうしていまだに消えることなく、本来他人であるルーカスの前に現れるのか。いくら思考を巡らせても、その理由はわかりやしなかった。


 夕食は以前通りに、居間にてルーカスと二人でするように戻った。いつの間にか私の食欲も元に戻っていた。ある日の夕食、私はルーカスに謝った。私のせいでルーカスの時間を奪う事になってしまっている、と。

 ルーカスは基本自由人とはいえ、自分の時間を割いてまで、カーヤというよく分からないまぼろしの相手をしてくれているのだ。そしてそのカーヤは元はといえば私が創り出したものである。故に、私のせいで彼の時間が無意味に減っているのだ。それでもルーカスは、それを面倒だとは微塵も思っていない様子だった。むしろそうする事が自然であるかのような口ぶりで、こう言った。


「いいんだよ。前も言った通り、僕はカーヤが嫌いじゃない。むしろ結構好きなんだと思う。じゃなきゃ、こんなのずっと続けていられないよ。アンナの前でこんな事言うのもなんだけどね。でも、決して僕の負担になってる訳ではないって事を伝えたかったんだ」


 君は何も悪い事なんかないんだから、そう気に病む必要は無い、そう彼は言ってくれた。そしてそれから少し間を置いて、心底不思議であるといった調子で言ったのだった。


「それに、自分でも信じられないくらいに、カーヤの事が怖くないんだ。それがどうしてなのかは、僕自身もよく分からないけれど……」



 カーヤとルーカスがこれまで通りに交流をしているとなると、やはり私の胸中は四六時中不安という名の警報を発し続けていた。その警報が果たして何に対するものなのか気がついていないほど、私は愚鈍ではなかった。もちろん、カーヤへの嫉妬心もあっただろう。だが、それよりもはるかに勝る不安が存在していた。

 私はもう、心を開いた相手に対して拒絶されたくはなかった。その不安は多くの人間が抱く慢性的なものだろうが、私の場合、他の人間よりもそうなる危険性が高いのは間違いない。私は、この頃になって今更、しまった、と激しい後悔に包まれた。

 カーヤは従順だ。それ故、私が以前彼女にしていた気持ちの良い事とやらについて口にするのを禁じたら、躊躇う事なくそれに従っただろう。だというのに、なぜあの日、カーヤをこの家から無理矢理に追い出した日に、その事に対して言及しておかなかったのか。私の心臓は自己嫌悪により全身の至る所に不快な色をした血液を流した。


 ルーカスがカーヤとの交流から帰還する度、私の胸中は緊張で荒れ狂う始末だった。頭は、自然と侮蔑を忍ばせた瞳で私を見るルーカスを想像させた。だが、毎回のところ、その私の疑いは杞憂に終わってくれた。

 普段通りの気やすさでルーカスは私と共に夕食を食べてくれた。その度になぜか私はいたたまれない心地になるのだった。彼に対しての罪悪感と言おうか、いつまでこの不安に付き纏われなくてはならないのかといった不快感からか。とにかく、私は何も知らないルーカスに対して、今生の懺悔とでもいうように謝罪したい気分に駆られた。

 そして思い出すのは、これまでエドガーという偽名を名乗っていた事を打ち明け、涙ながらに私に謝罪するルーカスだった。私は確かにあの時、彼に裏切られた心地だった。それこそ殺してしまいたいといった具合に。

 だが、そこである疑問が生じるのだ。なぜ当時の私は、たったあれだけの事でルーカスを裏切り者と罵ったのか。その具体的な理由はなんだったろうとさらに回顧してみると、至極単純な理由からだった。私は彼に、長い間平然と嘘をつかれていた事に対して憤りを覚えたのだった。


 そこで私の胸中に漂う靄を刺激するものがあった。長い間嘘をつかれていたという事実は、確かに悲しいことだ。だが、それは何も私だけではないのではないか。そういった漠然とした疑問が浮かぶなり、私の脳裏にはこれまでの事が走馬灯のように流れていった。そして私の漠然とした疑問の正体を知ったのだ。いや、より正確に表すならば、自覚したというべきだろうか。ルーカスのものよりも何倍も罪深い私の大きな嘘を。

 自覚した途端、私の頭はとても平生ではいられなくなった。何せ、あれだけルーカスを罵倒しておいて、私の方が彼なんかよりも数倍悪質な大嘘つきの裏切り者だったのだから!

 私は紛れもなく人殺しの親殺しであり、家出とやらの原因もそれである。未だその事件が世間に出回っていないとはいえ、こうして人殺しの私を匿ってくれているルーカスは、間違いなく共犯者となってしまう。しかもルーカス本人はそのような事微塵も知らないのだ。要するに、私は何も知らない人間を事件へと巻き込んでしまったという事だ。


 それだけではない。ルーカスは、私にカーヤとの関係性について本当の事を話して欲しいと言った。あの時、私は本当の事を彼に話したか、いや、していない。自分に都合良くいくらか改竄して彼に話したのだった! 

 これが裏切りでなくてなんと言おう。私は今この時になって初めて、自らの醜悪さを思い知ったのだ。自分の醜悪さ、それからルーカスに対して大きな嘘をいくつもついている事に対して、胸中の罪悪感は増大していくばかりだった。いっその事彼に本当の事を全て暴露してしまおうとも考えた。

 だが、そう考えると途端に私の精神はこれまでのありとあらゆる絶望を思い出したかのように、訴えようのない強力な苦痛に苛まれるのだ。思わず胃の中のものを全て吐き出した時もあった。だが、それでも、私の核がそれから逃げるのを許さなかった。例えこの家から追放されようと、ルーカスに邪険に扱われようと、彼に押し付けた私の嘘の情報を正真正銘の本物と変えなければならないという使命感めいたものが私を支配した。


 今日の夕食後にでも少しづつ話してみようか、そのような淡い決心をしたものの、中々決心が固まらないまま夕食の時間は終わった。そして、ルーカスに何度か目配せしたものの、それくらいしかできる事がなく、結局話すタイミングを失ってしまった。

 ルーカスは、自分の部屋に戻る際、普段と様子の違う私に対して、何かあったのかと尋ねてきた。ああ、彼から持ちかけてくれた、そう一瞬だけ安堵したものの、私は気づけば「ううん、何も」と返していた。

 だが、ルーカスは黙って引き下がらなかった。何もない訳がない、最近の君は見ていて心配になる――と、彼は言った。私は、その案じてくれる言葉に僅かに救われたような気持ちになり、これまでの事を話してみようと口を開こうとした。

 が、開いた口からは何も言葉が出てくる事はなかった。ルーカスの表情がさらに深刻なものとなり、私は咄嗟に、「カーヤの事が気がかりなだけ」とまたもや嘘をついた。

 そうするとルーカスは、「そうか。まあ、こんな事が起きてるんだから怖くなるのも無理はないよ。でも大丈夫、ちゃんとカーヤにはアンナに会わないよう言ってあるから」と朗らかに言い、その後で夜の挨拶を口にしてから部屋の中へ入っていった。

 私は、つま先から冷えていくのがわかった。これ以上にないチャンスを自ら逃してしまった、その取り留めもない悔恨の念が、私の胸中を圧迫した。


 その夜悪夢を見た。それは現実に起こってもなんらおかしくはない光景だった。朝刊にはとうとう私の母殺しの事件が掲載され、警察も本格的に動き始めた。

 そんな中、私は簡単に捕まってしまった。同時にルーカスも逮捕された。殺人犯を匿っていたということから、彼は私の共犯者として罰を受ける事となった。それぞれ取調室に連行され、別々の部屋に入れられる。その寸前、ルーカスは確かに私の方を鋭い瞳で睨み、憎悪が灯った声で言った。この大嘘つきの裏切り者め、と。

 私はその夢が十分に実現し得るものだという事から、尋常ではない悪寒と恐怖に襲われた。そんな事が起こっては絶対にならない、そう強く思うと同時に、一刻も早く彼に事実を話そうという強い決意がみなぎってくるのがわかった。


 私はルーカスが大学から帰ってくるなり、彼の部屋を訪ねた。部屋の主は快く入室を促した。私は震える手で取っ手を握り、彼の香りが充満する部屋へと足を運んだ。大学から帰ってきたばかりの彼は、どうやら既に片付けを済ませたようだった。普段持っていっている鞄はデスクの横に立て掛けれていた。

 肝心のルーカスはデスクチェアに座って何やら手元を動かしていたが、すぐにそれをやめこちらを振り返った。おそらくまたキノコでも熱心に描いていたのだろう、その表情はやけに晴れやかだった。対して私の心中は薄暗い曇り空のようだった。

 私は、ベッドに座るでもなく、ルーカスの座るデスクチェアの直線上にある床に座った。その普段とは異なる畏まった様子に、ルーカスは途端に不思議そうな表情を浮かべた。


 私は、ここに来る前に決めたようにもはや何も考えないように努めた。思考が誘き寄せる雑念によって本当の事を話せなくなっては本末転倒だからだ。その決心の通り、私は何も考えずに口を開いた。


「私はこれまで大きな嘘をついてた。だから、これから私の事実を話す」


 そう言う私の声はロボットのように無機質だった。

 ルーカスは、その私の発言に呆気に取られ、僅かに口を開いたまま固まってしまった。それでも私は話続けなければならない。これからの為にも、私の為にも、何より、巻き込まれ損で不憫な役目を背負わせてしまった彼の為に。

 やはりルーカスは思った通り、それはいったいどういうことか、等と動揺し慌てふためく様子はいっさい見せなかった。それどころか丁寧な仕草でチェアからおり、私の真正面に座った。まるで賢者のような眼差しで、彼は問いかけてきた。


「それは君にとって辛いことじゃないの?」


 私は、その静かな問いに対して、「それでも話さなきゃいけないの」と答えた。心なしか、その私の声は僅かに震えているように感じ取れた。今更ながらに、不気味なまでに静まり返っていた心音が魂の叫びだとでもいうように、全身に大きく響き渡った。その本能からくる抑制力に抗うにはこれまで以上の精神力が必要となるほどだった。その苦労はとてもとても、一瞬でこなせる技ではない。

 だが、こうして意識を地に立たせることに奮闘している間にも、時間というものは無情にも流れてゆくものだった。

 私は、まず初めに紡ぐべき言葉を必死になって思考の海から掬い上げようとするが、中々うまくいかなかった。私を案じたのかルーカスが何かを言いかけたが、それよりも私の言葉の方が先に外界に発せられた。それは、思考の海に流れていたものを殆どがむしゃらに拾い上げた、衝動的な言葉に過ぎなかった。


「私といると、捕まるかもしれない」


 それが、まず最初に相手に伝える事のできた苦悩だった。端的ではあるが、それはルーカスが今現在置かれている状況が、いかに危険であるかを伝えるという点では、決して不十分ではないだろう。私の思考は、もはや吹っ切れてしまったのか、自分でも驚くほどに冷静になりつつあった。心臓が奏でる警報も徐々に弱まっていくのがわかった。


 すると、早速耳に届く声があった。その声はまるで白昼夢を前にしたかのような、不安げとも驚愕的とも言えるようで言えない、小さな声だった。


「――捕まる…………?」


 ルーカスはたちまち、時折見せる事のある、起きながら夢の中にいるような神妙な面持ちとなった。まるで私まで夢の中にいるかのようだった。

 その奇妙な心地に身を任せ、そのままその感覚に落ちてゆく。それは、これから数々の苦悩を語る上で、私にとって必要な心構えだったのかもしれない。夢の中ならば、たとえ本来ならば憚られるような内容だって話せてしまうものだろう。それは確かに一種の逃避でもあった。だが同時に、これから魂を他者に預ける為の重要な工夫でもあった。

 私は、ひとりでに這い上がってくる言葉の羅列をそのまま放つ。


「私が悪かったんだ、私がおかしかったから」


 それは説明になっていない説明だった。案の定、ルーカスはよく分かっていない様子だった。なので私はできるだけ詳しく事のあらましを説明しようと努めた。

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