表側の内側 ~童話『銀の鳥の庭の中』~
本日5話投稿。これは1話目となります。ですが本編は2話目からです。
○月×日 △曜日
あれからというもの、日常の全てが色褪せていて、いったい何を書けばいいものか思い浮かびません。なので今日は、私が最も好きな本の一部分を書き連ねていこうと思います。
それは私の尊敬する、あの人からの贈り物。その物語の名は『銀の鳥の庭の中』。ここでしょっちゅう話したエドガー・F先生の短編集に収録されていたうちの一つです。なんでも、昔から有名な銀の鳥の童話を元にしたお話なんだとか。
なぜこの物語を選んだのかは、自分でもよくわかりません。でもなぜか、この物語に想いを馳せていると、不思議と心が落ち着くのです。まるで、私にこの本を与えてくれたあの人に見守られている、そんな気がして。
そんなところで、ここ最近私を飲み込みそうな気だるい憂鬱を心によく馴染ませるためにも、決してうまくはない字ですが、書き写していこうと思います。
ある辺境の村に若い猟師がおりました。
友人も恋人もいなければ、何をしてもうまくいかない腑抜け者。
町では技量の無さを嘲られ、やつれきった容姿のみすぼらしさから小石や軽蔑の眼差しを投げつけられました。
狩りが終わって家に帰ると出迎えるのは、厭世観に呑まれて咽び泣いてばかりの母親の不満の言葉、奥の小部屋に閉じ込められている気の狂った父親の叫び声でした。
その二人の怪物の互いを罵り合う声に苛まれ、仕事の不出来さを詰られる腐敗した日々に、相変わらず哀れな猟師は弄ばれていました。
どんなに嘆こうとも、暗闇がたちこめる彼の世界に松明をかざしてくれる存在は現れてはくれません。それどころか、時間が過ぎ去れば過ぎ去るほどに、暗闇は彼の精神にまで侵入してきます。
このまま、心臓の鼓動の音色が色あせていくのをただ静かに感じとるだけの人生ならば、自己の意識が鮮明なうちに全てを終わらせてしまおうと思い至りました。
ですが、それと同時にある詩が彼の脳裏を掠めました。
銀の鳥が横切った
銀の鳥は大空を駆ける
銀の鳥は永久なる幸福の証
誰もが敬い、誰もが焦がれる美しい命の息吹
そして漁師は、思い出します。かつては己自身も鳥を欲する人間のうちの一人だったということを。
そして銀の鳥は、彼の心に呼びかけます。我は必ずあなたの望みを叶えてやれるということを。
銀鳥のさえずりは、澱んだ深海に沈んでいた猟師の心を、空の見える陸地へと引き上げてくれました。そして久しぶりに見上げる大空は、不安げに黒雲を漂わせていました。その黒雲が、猟師にはとてもとても美しく思えてなりませんでした。
彼は狩猟中であろうと就寝前であろうと、いつなんどきも飽きずに夢見ました。いつか銀色の体を猟銃で撃ち抜き、自身の心臓の一部とし、身も心も自身の魂につなぎとめ幸福となることを。その白昼夢に踊らされる度に、すぐに我に返り寂れた現実に打ちひしがれました。
儚い幻想を頭の奥で描く日々が続くと、とうとう慈悲深き主は不憫な猟師に微笑みかけました。ある夜、森からの帰り道で運命を拾いました。月光の届かない薄暗い木々の足元で、淡く輝く銀灰色の光を見つけたのです。死神に誘われるような心持ちで、猟師は光のもとへと足を歩ませます。
倒れていたのは、まだ年端もいかぬ少女でした。翼のように滑らかな銀色の長髪が、彼女の上半身を土で汚れぬように守ってくれていました。
猟師は、まぶたを閉ざしたまま意識を取り戻さない少女を抱き抱え、夜の闇へと溶け込むようにして帰路に着きました。猟師は無我夢中で自室へと向かい、少女をくたびれたベッドに横たわらせました。意識を取り戻した少女は猟師の用意した水を飲み干すと、再び眠りにつきました。猟師はその天使のような寝顔に見とれるあまり、窓から差し込める光の源が月から太陽に変化したことに気が付きませんでした。
その日から、荒廃していた猟師の世界には色とりどりの花々が芽吹き始めました。
今日はここら辺にしておきます。また明日も仕事があるので、あまり夜更かしはできないのです。では、誰ともしれない今これを読んでいるあなた、おやすみなさい。そして良い夢を。
これは本編ではないので、本編が始まる2話目も読んでくださると嬉しいです。ブックマークよろしくお願いいたします




