2章1 過去から来た旦那さん1
俺には、“神隠し”と呼ぶべき記憶がある。
19歳の夏、雨の連休の数日間。確かに生きていたはずなのに、その間の記憶だけがごっそり抜けている。
当時は「寝てただけだろ」と流していたが――今になって、その意味が分かる。
雨の中、杏里さんは傘を俺の上に差し出し、
見つめて笑った。
「旦那さん、みいつけた。」
その瞬間、心臓が跳ねた。19歳の俺の初恋だった。
杏里さんは神主さんのところへ、連れて行ってくれた。こういう時の相談役らしい。
神主さんは腕を組み、少し考え込んだあと、俺に向き直った。
「……お前さんが“神隠し”に遭った理由、薄々分かってきたよ」
「霊力を持たない人間が、まだ目覚めてもいない時期に、空が泣いていた“不安定な神域”に足を踏み入れたんだ。普通ならただの迷子で済む話だが……不安定に不安定をぶつけたことで、化学反応みたいな奇跡が起きたんだろうな」
「それで、過去のお前が“依代”として呼び出された。偶然とも必然ともつかぬ現象だ。だが、こうして魂が繋がったのは事実だ。……まあ、運命ってやつかもしれん」
神主さんの言葉に、俺は息を呑んだ。
どうやら、俺は未来世界の俺の体に憑依しているらしい。外見は19歳のままなのに。
さらに神主さんは声を潜めて忠告してきた。
「陰陽師の連中が動いてる。杏里を狙っているらしい。気をつけろよ。」
その夜は、杏里さんの家で保護されることになった。
若い女性と同じ屋根の下で過ごすなんて、童貞にとっては拷問に等しい。結局――トイレで処理してから布団に戻ったが、翌朝にはしっかりバレていて、赤面しながらいじられる羽目になった。
……この時はまだ、俺の人生が大きく変わるとは夢にも思っていなかった。