1章1 日常編
朝のリビング。
湯気を立てる味噌汁と、焼きたてのトーストの香りが漂う。
同棲しているとはいえ、俺と杏里さんは籍を入れていない。だから「旦那さん」という呼び名はあだ名のようなものだ。本人も照れくさそうに呼ぶし、俺もそれを茶化すことなく受け止めている。
この奇妙な距離感が、心地よかった。
「今日、午後は空いてるんでしょ? 公園でも散歩しない?」
杏里が何気なく切り出した。
「お、いいね。ちょうどイベント中だから」
「……またそのゲームでしょ」
呆れながらも、彼女は笑っていた。
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午後の公園。
俺はスマホを片手に歩き回り、画面に現れるモンスターを次々とタップする。
「ほら、この辺、レアが出やすいんだ」
杏里は横で首を傾げ、真似するように画面を覗き込む。
「取れた! ……あ、意外と楽しいかも」
「でしょ? こういうの、杏里さん得意そうだと思った」
木漏れ日と子供の笑い声に混じって、二人の笑い声も響いた。
ただの散歩が、ちょっとしたデートに変わっていく。
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帰り道。
夕暮れの公園を並んで歩きながら、杏里がふと立ち止まった。
「……ねえ、旦那さん」
「ん?」
「もし、普通じゃないことが起きても……私のこと、信じてね」
唐突な言葉に、俺は答えに詰まる。
だけど彼女の横顔は、どこか決意を帯びていた。
「もちろんだよ。俺は杏里さんの味方だから」
その時は深く考えなかった。
だが、この言葉が――後日の「ヤンキーとの絡み」や「陰陽師の襲撃」へと繋がっていくことを、まだ俺は知らなかった。