2章5 旦那さんのモノローグ
語り部:旦那さん
俺が「男性不妊」になった理由は、20歳を過ぎて霊能者として目覚めたことにあるらしい。
神主さんや退魔師連合の健康診断で、はっきりと数値を突きつけられた。
――俺の体は、霊力を維持するために、生殖機能を削ってしまっていたのだ。
それを聞いた杏里は笑って言った。
「わっちは不死身だし、子供がいなくてもいいよ」
その言葉に救われたはずなのに、胸の奥では棘のように刺さり続けていた。
「ねえ、旦那さん。私は不死身だけど、あなたが生まれ変わってもまた見つけてあげる。何度でも恋をする。だからとても幸せだし楽しみなんだよ」
あの一言――優しい覚悟に聞こえるけれど、俺には妖狐の転生譚が透けて見えた。
妲己も、華陽夫人も、玉藻前も……愛を求めて転生を繰り返し、やがて呪いへと姿を変えていった。
杏里も、いずれ同じ道を辿るのではないか。
そんな不安に追い打ちをかけるように、神主さんから告げられた。
「封印が弱まっている」と。
俺と杏里を結ぶ妖狐の因縁は、まだ終わっていない。
いざという時、今の俺に戦えるのか?
正直、年齢を重ねたこの身では、心もとない。
何年も試行錯誤した。訓練も修行も工夫も重ねた。
だが限界はある。俺はもう、十九歳じゃない。
――だったら。
あの頃の俺を呼び戻せばいい。
過去の自分を式神化し、憑依させることで肉体そのものを若返らせる。
戦うために。杏里を守るために。
そして、呪いを愛に変える道を探すために。
俺が過去の自分自身、「弟くん」に頼ることを決めたのは、そういう理由だった。




