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「それで済むわけがないだろう」
地の底から響いて来たような声がダージ子爵から発せられました。
そう、それで済むわけがありません。
「伯爵、私からこの愚か者共に説明しても?」
眉間に深く不快感を刻んで、頭が痛いといった様子をみせる父へダージ子爵が提案し、父は手を振る事で了承しました。
「まず、これから私の言葉を遮る事は許さない」
そう言うとダージ子爵は3人を睨めつけます。
「先ず愚かなお前達に身分制度のある国における身分について説明してやる」
「そんなの」
不服そうにエリエンヌ様が声を上げましたが、ダージ子爵に睨まれて口をつぐみました。
「エリエンヌいいか?もう一度言う私の言葉を遮るな、2度目はないぞ。」
大人しそうな見た目なのにとっても迫力がありますわね。
「身分とは先ず1番上に王家、次に準王族である公爵があり、その下に侯爵、辺境伯、伯爵がありここまでが上位貴族となる。さらに子爵、男爵、一代貴族である騎士爵がありこれらが下位貴族となる。下位貴族が金銭による爵位の売買ができるのとは違い、上位貴族はそういった事はできない。継承による授爵であっても王の立ち会いによる授爵式が必要であり、紙切れ1枚で爵位の継承も売却もできる下位貴族とは違う」
ここで一旦言葉を切りダージ子爵は3人を見据えたのですが、ものすごく怒りの籠った視線でした。
「そして、下位貴族の下には当然ながら平民がいる。お前達の事だオリバー、カイル。
わかるか?平民が上位貴族に婚約破棄を突き付けたという事の重大さが」
ダージ子爵、残念ですが解っていないと思いますわ。
思わず同情心が籠った視線をダージ子爵に向けてしまいます。
「解っていない顔だな?上位貴族と下位貴族の違いをもっとお前達が理解できる様に説明すると、身近なところでは王家主催の夜会や茶会の参加資格がわかりやすいか?上位貴族は王家が主催する社交的な集まりに対して余程の事がない限り無条件で招待される権利があるが、下位貴族は王家により認められない限り年末年始の大舞踏会を除き招待される事はない。だからこそ下位貴族は招待状を受け取れば必ず出席するが、上位貴族は自家の事情を優先しても支障はない。毎回招待されるのだから当然だな、わかるか?貴族の上位と下位ではその間に見えない大きな壁が存在するのだ」
オリバーは顔色が悪くなりましたが他の2人はまだダメそうだわ。
「平民が平時であれば望む事も許されない上位貴族たる伯爵家に婚約を打診し、その不敬を不問として貰う為に支援金として支払った金銭は借金か?」
「い、いいえ」
「そうだろうとも、では何故我が家の馬鹿娘はお前から伯爵家が借金していると思ったのだ?お前かカイルが吹き込んだのではないか?」
「わ、私はその様な事は」
「ぼ、ぼ、僕も言ってません!」
焦ったように親子が口にすると
「嘘よ!オリバーもカイルも伯爵家には商会に多大な借金があるからそれを棒引きしてやると言えば大人しく引き下がるって言ったじゃない!」
エリエンヌ様が暴露する。
めちゃくちゃね。
「と、言っているが?」
「み、身に覚えがありません!」
「つまり私の娘が嘘をついていると?」
青筋を浮かべたダージ子爵がオリバーを見据えるとようやく危機感を持ったのかカイルからチラチラと救援を求める様な視線が私に向けられますが、当然助けませんわよ?
「まぁ、今はいいだろう」
後で覚えてろよ?って副音声が聞こえましたわ
「では今回の事に移ろう」
エリエンヌ様以外は顔色を無くしている中であれ程不服そうにできるって、エリエンヌ様ってある意味大物なのかしら?
「こんなに反対されるなんて思ってなかったわ!お父様は私に幸せになって欲しくないのね!酷い!」
「酷いのはお前の頭だ。私だとて人並みに娘の幸せを願ってきた、それはこの様な形で他家に迷惑をかけ、ましてや上位貴族に喧嘩を売り我が家を危険に晒す様な娘ではないと思っていたからだ。お前の様な娘は今すぐ存在ごと抹消してやりたいが、今はお前達の犯した罪を理解させなければいけないからな、お前の事は後回しとする。」
エリエンヌ様ったら、令嬢に有るまじきお顔になっていますわね。
「続けるぞ、支援金は借金では無くお前達の不敬を免罪して貰うための言わば慰謝料だという事は理解できたか?」
「「は、はい」」
「では、今回の事をひとつずつ詳らかにしていこうか。その前に伯爵、恐れながら何故この平民からの婚約の打診を受けられたのですか?」
あら、気付かれてしまいましたわ
そう、そもそも婚約を受ける必要はなかったのです。
子爵が説明した通り支援金は平民が上位貴族である伯爵に婚約を打診するという不敬に対する慰謝料として受け取り、婚約はしないとしても良かったのですが、オリバーの父でカイルの祖父である先代の会頭ハイドに子供の頃に命の危機を救って貰った事があるらしい父はハイドの孫であれば素晴らしい人物かもしれない、本来であれば王家に嫁ぐ事もできる名家の娘を平民に嫁がせるなど考えられないが、この危難にあって態と婚約を打診するなどという不敬を行い気兼ねなく支援金を受け取れる様にするとは感心であるし、アンテーヌは次女で婚約者もいないし現在打診している貴族家もない、ラカン商会は実績と歴史のある国内有数の商会であり近々爵位を得る可能性もあると考え、もし相性が良ければ婚約させても良いと思ったのだそうです。
多分、オリバーにはそういった意図はなかったんだろうなって今ならわかりますが。
父も今までの話の流れから解ったのでしょう、ものすごい渋面で婚約を受諾した経緯を説明しています。
「なるほど、それでアンテーヌ嬢とカイルの様子から相性も悪くなさそうだと婚約に至ったわけですね?」
「失敗だったけどね」
「謎はとけました、ありがとうございます。」
「いや、疑問も当然だよ」
「では続けます」
「あぁ」
「今回、休日の白昼に貴族子女も多く集まる王都でも人気のカフェにわざわざハイマット伯爵令嬢を平民が呼び出し、待たせた上で婚約破棄を宣言、婚約破棄の理由は『真実の愛』という名の不貞であり、更には無関係の平民を同席させた上でハイマット伯爵令嬢を貶し、不貞相手の存在を認識していると告げられると激高し暴言を吐いた上で許しを得る事なく立ち去った」
内容を確認する様に告げられ私は間違いないと頷きました。