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虫喰いの愛  作者: ちづ
4/11

4 邪気

「さてさて、口の利ける花嫁ちゃんなんて久々だ。着物がぼろだね。真っ白な単衣(ひとえ)があるよ。死装束だけど。髪の毛も梳いてあげよう。柘植(つげ)の櫛があるよ。死化粧の櫛だけど。ちゃんと蛆虫(うじむし)たちが(けが)れを喰ったから大丈夫」

「は、はあ……」


 呪具の中から、使えそうな調度品を蝕神(しょくがみ)は見繕う。邪気の気配はなく。呪具は本来の用途に戻っていた。身支度を整え、着替えを済ますと蝕神は満足気に微笑み。


「かわいーかわいー。お腹はすいた? 人間が食うものはさすがに外に行かないとだめだな」

「い、いえ、食欲があまりなくて……()()()()()()()()()()()のはどうにも苦手で」


 小花(こばな)から滲む邪気。〝式神の器〟として使われたその身にまだ魔性が潜んでいるのだ。蛆虫が少しずつ喰らっていたが到底、底をつきそうにない。蝕神は顎に手をあて、


「気持ちは分かるけど、小花ちゃん細すぎじゃない? だめだよ、ちゃん食べないと」

「こ、これは仕方ないんです~犬神(いぬがみ)を憑きやすくするためにご飯を抜かれてて……あ、犬神のつくり方って知ってます? 犬を飢餓状態にしてから首を落とすんです。 ひどいですよね! 可哀そう! だから、私も同調しやすくするためにぎりぎりまでご飯抜かれちゃって」

「……そうなんだ、じゃあ、爪がほとんど剥げているのは?」

「あ、や、やだなあ気づいちゃいました? 恥ずかしいな~これは猫鬼(びょうき)が憑りついたときに……まだ治ってなくて。壁や床で爪を研いじゃったんです! おかげで爪は剥がれるし、部屋中が血だらけになるし、もうひどい惨状でした~」


 てへへ、と小花は頭をかく。その瞳の中に、螺旋のような邪気が渦巻く。唐突に、蝕神は小花を抱きしめた。


「わっ、わぁ、しょ、蝕神さま! ま、まだ私、お嫁さんになる心の準備がっ……!」

「なんにもしないって~まったくひどいことするよなあ! オレがちゃんと大事にしてあげるから。傷ついた心と身体に効く一番の薬は愛だからね、愛」

「え、ええ、思ったより蝕神さまって気障で紳士なんですね。可愛いなんて言われたのも初めて。て、照れちゃう」


 ふ、と蝕神は笑みを消し、小花の顔を覗き込んだ。


「本当に、よく自我を保っていられたものだ。とっとと正気を失ったほうが楽だったろうに」


 黒木家の霊媒(れいばい)が長続きしないのは、魔性に意識を乗っ取られて自我が崩壊することだけではなく、身体への負荷も大きいからだ。使役(しえき)する式神と同じ、器となる巫女も、使い捨てられる駒でしかない。無事呪いを成功させれば、小花の中には奪った魂の穢れごと魔性が戻るし、仮に呪い返しにあったとしても、小花がその受け皿になる。身も心もいっぱいいっぱい。一度決壊してしまえば、器は粉々になって、中身も外身も戻ることはない。それなのに、中身がむちゃくちゃになりがら、未だに小花は〝小花〟の外見を保たせていた。


「だって、私、宝物がありました。自分の名前がありましたから。名前さえあれば、犬にも猫にも狐にも乗っ取られたりしないです。わたしは〝わたし〟なんだから」


 にっこりと無邪気な笑みを浮かべる小花の身体から。

 泥のような邪気が黒煙を吹いた。

 ──真っ白な死装束を真っ黒に染めるほどの。

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