表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編2

役立たずと追い出された聖女が国を出た後の話

作者: 猫宮蒼



 聖女。

 そう聞いて何を想像するだろうか。


 清らかな心とそれに見合うだけの美しさを兼ね備え、更には神の寵愛を受け彼女がいるだけで国は実りを約束され魔物の侵攻を防ぐ。

 更には治癒の力を持ちどんな怪我や病気も聖女が祈れば癒える奇跡を持つ。


 そんな、神に祝福された存在を想像するのではないだろうか。


 確かに他国ではそういった聖女もいると聞く。


 聖女は一人ではない。

 一つの国に一人から二人、多いところでは五人もいると言われている。


 そして、万能の力を持った聖女というのは実のところとても少ない。


 精々がちょっと作物の育ちをよくする加護だとか、水害を防ぐ加護だとか、魔物が近づいてこない加護だとか、多くの者が想像する聖女の力の一つを受け継いでいるかどうかだ。


 ミカは各国を渡り歩く行商人である。

 それ故に、そういった話もそれなりに耳にする機会があって一生生まれ育った土地から出ない人よりは詳しい。ただそれだけ。


 そして今回やって来た国の聖女は、どうやら呪いを中和する加護の持ち主だったらしく、多くの民にとってはその力、一体何の役に立つのか? と思われていたらしい。


 与えられた加護がどれだけしょぼかろうとも、聖女は聖女。

 大切に扱う事で、より多くの神の恩恵が授けられるというのも、ミカは何となく察している。

 以前立ち寄った大神殿で、ちょっといくつかの蔵書を拝見させてもらった際にそれらしき記述を目にしている。


 けれども、書物を読んだミカはさておきそうじゃない者たちからすれば知らない情報であり、またそう言われたところで簡単に信じられないものなのだろう。

 ミカがこの国にやって来た時、聖女に対する不満は既にかなり高くなっていた。


 先代の聖女様は呪いの中和なんて使えないものじゃなかった、役に立ってるのかどうなのかわからない力なんて、本当に存在しているのか?

 そんな風に聖女が本当に聖女なのか? という疑問の声さえ上がっていた。


 なんだか嫌な雰囲気だなぁ、とミカは思っていたし、さらっといくつかの品を売りさばいたらとっととこの国から出て行こうかな……とも思っていた。

 雰囲気的にもギスギスしているし、長居したいと思えないところに無駄に滞在したいなんて思うわけがなかったので。



 そうやってこの国で売れそうな商品をいくつか売ってそこそこの稼ぎを出したあたりで。


 どうやらお城で何やら事件があったらしい。


 ミカはただの行商人なのでお城に入れるような立場も身分も持っていない。

 ただ、夕方くらいになんだか物々しい雰囲気がお城から出てきた兵士たちに漂っていて、お城から出てきたにしてはオンボロな馬車があって。

 ついでに街から出て少し行った先の森でその馬車から一人の少女が叩き出されて。


 ミカは、馬車が見えなくなってからその少女に声をかけたに過ぎない。


 そうして少女から何があったのかを聞いたのだ。



 なんとこの少女、聖女様だった。


 国を挙げて大切に扱わないといけないはずの聖女様がどうしてこんな事に!? と勿論思った。


 聖女であるからと人を見下し傷つけていった、なんて聖女としてありえないような事をして追放された、というのならまだわかるが、少なくともミカの目にはそんな風には見えなかったので、とにかく事情を聞く事にしたのだ。


 ざっくり言うのなら。


 呪いを中和なんていう力、何の役にも立たないだろうという事で聖女の婚約者であった王子は偽物聖女め! 追放してやる!! となったらしいのだ。

 その隣には真の聖女だという美しい貴族の娘がいたようなので、ははぁん、とミカは即座に察した。


 いてもいなくても変わらないだろうと思った聖女なら、別の女に挿げ替えたところで大差ないって事か、と。


 実際加護があろうとなかろうと、王子にとってそれなら聖女じゃなくても別の女性が結婚相手でもいいじゃないか、そんな風に解釈しちゃったんだろうなぁ、と。


 ミカが助けた聖女――ミドナは確かに役に立たないかもしれないけれど、と落ち込んでいた。

 本人も気に病んでいたらしい。


 聖女の力は生まれた時点で発動しているらしく、額に聖女の証である痣が浮かんだ状態で生まれてくる。だからこそ間違えるという事はないのだけれど。

 聖女がどんな加護を持っているかは本人にしかわからず、故にミドナの自己申告だ。呪いを中和する加護というのは。


 けれど、この世界を見守っている神々の祝福だ。役に立たないなんて、本当にあるだろうか……? そう思う者も中にはいたらしいのだけれど、やはり目に見えてわかりやすいものではないからこそ。

 人々は徐々に聖女に不信感を募らせていった。


 特に王子は人一倍それが顕著だった。



 結果としてこんな暴挙に出たのだろう。


 お城から近い森の中に放置というのも、割とすぐに戻ってこれそうではあるけれど。

 だがこの森には弱くとも魔物が出るとも聞いている。

 あわよくば死ねという思いが見え隠れしていた。


 流石に可哀そうになってミカはミドナを行商のパートナーでもある馬のポポンに乗せて、この国を出る事にした。

 聞けばミドナには家族も既になく、お城を追い出されたらもう行くアテもないようだったので。


 額に聖女の証の痣があるので、それを隠すためにミカは頭にバンダナをまいた。小さな花びらのような痣だから、前髪をちょっと下ろせば気付かれないんじゃないかな、と思っても何かの拍子に見える可能性はある。帽子の方がいいかとも思ったが、突然の強い風に飛ばされる可能性を考えたならバンダナの方がいいと判断した結果だった。


 お城から追い出された直後のくせにミドナが着ている服は聖女とは思えないくらい質素なものだった。

 ドレスであれば目立ったかもしれない。でも、そこらの平民が着てるような服だったから。

 ミカは堂々とミドナを連れて外を歩いたが、意外と誰にも気づかれなかった。


 お城から聖女が追放されたという話は市井にも流れたようだけど、他の町や村にその情報が届くまでには若干の時間がある。

 だから普通に宿場町で部屋をとって夜を明かす事もできたし、犯罪者のようにこそこそする必要はどこにもなかったと言ってもいい。


 一応途中でミドナの服を別のものに変えたりもしたし、バンダナをまいたついでに髪型も変えた結果、見た目だけで言うなら聖女だとは思われなかったのもあったのだろう。

 それにしたって、こうまで気付かれないとか凄いな節穴かよ、とミカは内心でこの国の人たちに対して驚愕した。


 そうしてミカとミドナ、ポポンの二人と一頭は何の警戒も持たれないまま、国を出た。

 出れてしまった。

 国境にあった関所で特に怪しまれる事もなく、するっと。


 ミカが向かったのは、かつて色んな蔵書を見せてくれた大神殿だ。

 そこなら聖女の保護先としても間違いがない。

 何せ、他の国でももうやってらんない! と嫌気がさして聖女が逃げ込むところでもあったから。

 逃げた先がわかっても、大神殿には介入できない。無理に侵攻すれば神の怒りが降り注ぐ。

 そういう場所なのだ。大神殿は。


 いくつかの町や村を通り過ぎ、辿り着いた大神殿でミカはミドナの保護を頼んだ。

 当然断られるはずもなく、ミドナはようやく張りつめていた空気を捨てる事ができたのだ。

 いくら気付かれていないといっても、いつどこでそれが悪い方に転がるかわからなかったわけで。

 だからこそ、聖女だとバレないようにミドナはミドナなりに精神を尖らせていたのだ。


 ミドナはミカと一緒にいた日々を嫌ったりはしていなかったけれど。

 自分が足手まといだというのを理解していたので再び行商の旅に出るミカを引き留める事はしなかった。

 ここには度々訪れるから、また会えるよ、という言葉に頷いて二人は笑顔でお別れした。

 ミドナの笑顔はどこか寂しさも浮かんでいたけれど、ここには他にも駆け込み聖女がいるし、そうじゃない人たちもいる。自分の立場を分かってくれる人と、何も知らないからこそ普通に接してくれる人。どちらもいるからこそ、きっとミドナが寂しいと思うのはほんの少しの間だけだろう。



 ――で、ミカが次に向かったのは、ミドナがいた国……ではなくその隣の国だ。

 そもそも役に立たない力を持たせて聖女を遣わすなんて事を、神々がするはずもない。

 だからあの国はきっと呪いが存在しているはずなのだ。


 ミドナがまだあの国にいた頃は聖女の力が発動していた。

 だが今、ミカと一緒にいるのは相棒のポポンだけ。

 もしあの国に軽率に足を踏み入れて自分まで呪われては堪ったものではない。


 なので、お隣の国からそれとなく情報を集めようと思ったのだ。



 その結果判明した事は。


 確かにあの国は呪われていた。

 しかも三百年ほど前から。


 当時どうやら魔女を怒らせたらしく、結果としてあの国は呪われてしまったのだ。

 今回の王子のように婚約者だった相手を不当な言い分で追い出して、そしてその相手が魔女に堕ちた。

 愛していたからその分憎さ倍増恨みはらさでおくべきか。愛が憎しみに変わって、呪いが発動したらしい。


 その呪いというのは、鏡を見ると自分の心の美しさに見合った外見が映し出されるのだとか。


 それを聞いてミカは拍子抜けした。

 なんだ魔女になった相手の呪いなんだから、もっとえげつないものだと思ったのに、と。


 不貞したら下半身爆発するとかそういう呪いだったとしてもミカは驚かない自信しかなかったのに、思った以上に優しめな呪いだなと。


 だがしかし、それはミカの心が特に汚れていないからだ。

 特別綺麗な心だとは思っていないが、人並み程度でそこまで汚れたりはしていないという自覚がある。


 しかし……そうでない者たちからすると果たしてどうだろう?


「外見を磨いても内面までとはいかないものだよ」

「そういうものか……」


 お隣の国の昔の事情に詳しい相手が、ミカにしみじみと言う。

 ちなみに占いを営んでいるがこの人も魔女だ。

 三百年ほど前に魔女になってしまった女性を回収して、そうして保護をしたのだとか。

 生まれついての魔女ならそこまで感情を爆発させる事もないけれど、彼女は人間だったから、そして裏切られた事で恨みが留まるところを知らなかった、との事だ。


「そう。見た目ばかりを取り繕っていた連中は、その後大変な目にあった。

 何せ鏡を見れば自分の心の醜さが前面に押し出された状態で映し出されるんだ。

 どれほどの美姫と謳われても、美丈夫と讃えられても、鏡を見れば醜い自分の姿。

 己の美貌を自慢していても、いざ手鏡に映し出されたならばその時点で内面の醜さが明らかにされて、社交界は大混乱だったさ」


「あぁ、自分に嫌な事言ってくる相手に鏡向ければ醜さがモロ出ますもんね。

 なんか魔除けみたいになりそう」


「実際なったとも。

 そして醜さに直面して心根を正そうとすればまだしも、貴族なんて周囲を見下して足を引っ張るのなんて日常茶飯事だったからね。大小差はあれど、誰も彼もが醜く映し出される鏡に対して――国中の鏡を割ってしまった。

 そうすれば、自分たちの目から見るだけなら外側は美しいままだったからね」

「でもそれって、自分で自分の姿を確認できなくなるよね」

「そうなるね。

 そして鏡を壊した後、呪いの力は更に強まった。

 具体的には鏡以外でも、窓ガラスや金属に映る姿もそう見えるようになってしまったし」

「最終的に向かい合った人の目に映る姿がそうなった?」

「察しが良いね。そのとおり。

 そうして自分は美しいと信じていた王妃が国王の瞳に映った自分を見て、国王の目を潰してしまったんだよ」

「へぇ、その王妃って魔女に堕ちる原因になった相手?」

「そうだとも。目を潰された王は、彼女をあんな形で捨てなければ両眼を愛する妻に潰されるなんて事にならなかったのにね」


「ってことは聖女を追い出したお隣の国は今」

「鏡に映る自分たちの姿に困惑するだけならともかく、社交界は大荒れらしいね」

「外見以上に心が美しい人ばかりなら、荒れる事もなかったのにね」

「そうなら聖女なんて追放されず大切にされていたともさ。

 そうでなくとも当時の王家の醜聞だ。聖女が現れて呪いを中和してもらった事で鏡を見ても表面しか映し出されなくなった。表向きは解決したようなものだよ。

 ただ、呪いは未だ残っているから聖女がいなくなれば鏡に映るのは……」


「あぁそっか、王家の醜聞だし聖女が出てからは呪いは解けたと思い込んで当時の記録とか消し去ったって事か」

「呪いを中和する聖女がいる時点で、気付くべきだったのにねぇ」

「もしかして今、聖女を探してたりするのかな?」

「そうしたいみたいだけど、でもそうできないだろ?」


 既に大神殿に聖女ミドナを連れていったという事実を、この魔女はどうやらお見通しらしい。

 そうでなくとも、と軽い口調で続けられる。


「鏡に映る自分の姿を見てしまった以上、もし他の国に出て鏡を見たとして。

 もしそこでも呪われているとなれば。

 そう考えたら恐ろしくていけないだろうね、他国になんて。

 化け物が人間の振りをしている、って思われる可能性もある。

 他国で鏡を見て何も問題がなかったとしても、次見た時には化け物が映っているかもしれない。そんな風に勘ぐる者だっているだろうね。

 そう考えたら、怖くていけないよ、他の国になんて」


 国内は全部そうなってるからまだしも、他国ではそうじゃない。

 となれば確かに何も知らない者が見れば化け物が人の振りをしていると思い込んだって無理もないかもしれない。


 他国にまで呪いを中和する聖女がいるわけではないから、問題ないとは思うけれど。

 だが、鏡を割って国中から鏡を無くした後の事を思うと呪いが広がらないとは言い切れないので。


「それじゃ、ミドナがあの国に自分から戻らない限りは彼女は安全って事か」

「そういう事だね。安心おし」

「ありがとう、おばば。これ情報提供のお礼」


 丁寧に包装された箱を差し出して、ミカはその場を後にする。


 魔女から聞いた話をミドナに教えてあげれば、他の国でならミドナも普通の生活ができる。

 大神殿も悪いところではないけれど、人によっては退屈なところだ。

 ミドナがどうするかはミドナの選択に任せるとして。


「とりあえず、いくつかの品を売買してミドナにお土産買ってこ」


 お隣の国に関しては、折角いた聖女を追い出した以上新たな聖女が出てくるまでには相当な時間がかかるだろう。

 下手をすれば、あの国がある以上はもう出てこないかもしれない。

 滅んで新しい国になれば、もしかしたら。


 どっちにしても、ミカにとってはどうでもいい話である。

 ミドナへのお土産を選ぶ方が余程重要だった。

 ミカの性別は男女どちらでも可。


 次回短編予告

 人間本音を語ることはそうないもので。

 だから、語られないから周囲から見ると全然違う受け取り方をされることは当然ある。

 真実はいつも泥沼! 真相なんて知らなきゃ周囲は勝手に想像するしかないんだもの!


 次回 外見と中身が一致していないのなんてよくある話じゃないですか

 それはそれとして自供した方がいい事だってある。

 投稿は近々。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
元よりギネス級不細工を自認する自分であればそんな呪いはノーダメージも同然ですよHAHAHAHAHA! (乾き切った笑い >>ミカの性別 パッと見ボーイッシュ少女っぽく見えて実は少年、でもってミドナよ…
他人に世話してもらう金が無く、同居家族もいないなら、寝癖も直せんし自分に似合う服もわからん結構厄介な呪いですな。まあ綺麗にしてもらっても自分だけはわからんのですが。 中身が醜悪かどうかは鏡像を見ればわ…
全ての普通の鏡、鏡面の金属、静かな水面が、ラーの鏡状態とな……? 貴族には致命傷ではないですか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ