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零界を旅する一般人  作者: 獏麒


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51/51

51.拒絶からの道標


 狼人族の戦士たちに包囲され、三人は迂闊に身動きが取れなかった。


「……許さないとして、どうするつもりだい?」

 マチルダがゆっくりと剣を納め、警戒を解かないまま問い返す。


「抵抗するな。お前たちを長老の元へ連れて行く。処遇はそこで明らかになる」

 矢を構えたまま、戦士の声は冷たかった。


「待ってください! 私たちは本当にただの調査で――」

「黙れ。言い訳は聞かぬ。森の風が乱れた以上、それが全てだ」


 イリスが食い下がろうとするが、戦士の眼差しは揺らがない。


 その態度を見て、カイトは胸の奥にあった予感が確信に近づいていく。

(……狼人族達は観測が原因って、本気で言ってるのか?

 俺が見たから、森が応えたと……?)


 一瞬、戦士の視線がカイトへ向いた。


「特にそこの男。

 その“目”が、森の理を騒がせた」


 カイトは息を呑む。

 それは心のどこかで、薄々予感していたことへの肯定だった。


(やっぱり……。

 俺が見るというだけで、理が揺れる……)


 マチルダがわずかに前に出た。


「観測が理を乱す……?

 そんな理屈、聞いたこともないよ」


「ここは理と精霊が同じ深さで息をする土地だ。

 余所者の観測は、それだけで騒音となる」


 戦士はそれ以上話す気はないらしく、短く命じた。


「歩け。抵抗すれば即刻始末する」


 全員が弓を下げず、森の奥へと続く道へ三人を促す。



 しばらく歩くと密集していた木々がほどけ、前方に光の差す空間が見えてくる。

 木々をくり抜いた建造物が自然の配置のまま立ち並び、太い枝の上に吊られた小路が、空中回廊のように連なっている。


 地面には苔と霧が淡く光り、

 遠くの滝から落ちる水は、虹色に揺れていた。


「……すごい」

 カイトは思わず息を呑む。


「ここが……ユグルヴァイン」

 イリスが震える声で言う。


 その美しさに反して、村人の視線は鋭く、三人に向けた警戒を隠そうともしない。


 戦士たちに導かれ、三人は一つの大樹の内に通された。

 木の内側なのに壁が淡い光を放ち、まるで神殿のように静謐な空気が満ちている。


 奥に佇む老人が、振り向きゆっくりと目を開いた。


 その全身は長い白い毛並みで覆われており、身体は年相応に細いが、気配は山のように重い。


「そやつらがこの森を乱した余所者か」


「はい、族長。特にこの男の観測が、森を乱しています。」


 族長は三人を順に見渡す。


「ふむ。まず問おう。何ゆえ、この地へ来た?」


 イリスが深く頭を下げ、書簡を差し出す。


「アーカム・ネリアの魔導大学より、この地の古代遺跡を調査したく参りました。

 こちらはランディーニ教授からの手紙です。」


 族長は手紙を受け取るが、開きもせずに言った。


「……この地で手紙など意味をなさぬ。

 精霊を介さぬ夢を見る者の文字など、風は読まぬ」


 イリスの表情が凍る。


「そ、そんな……」


 族長は静かに目を細めた。


「理の流れを乱した責、軽くはない。

 理と精霊に、より近くなる遺跡に向かわせるなどもってのほか。これが族長として言える決断じゃ」


 族長の視線が、カイトの“目”に止まる。

 カイトは喉の奥が乾くのを感じた。

 胸の奥で重い痛みのようなざわつきが広がる。


「では族長、この者たちはーー」

 戦士が口を開いた、その瞬間。


「待たれよ」


 低く、澄んだ声が大樹の入り口から響いた。


 影がひとつ、ゆっくりと歩み出る。


 しなやかな筋肉をまとった長身の男。

 耳は鋭く、首元には神木の欠片で作られた首飾りが揺れている。

 深紅の瞳は理性と信念をたたえ静かに光っていた。


 村の戦士たちがざわつく。


「……ライゼス様……!」


 彼は族長の前で片膝をつき、しかし視線だけはまっすぐ三人へ向けた。


「この一行の身柄、俺が預かる」


 族長が目を細める。


「ライゼスよ。それなりの理由が必要じゃぞ?」


「この者たち――特に“観測する男”は、森を乱したのではなく、森が彼に応えただけ。

 騒がしくなったのは事実ですが、この者は嘘の観測をしない。

 風は……それを知っています」


 ライゼスは続けた。


「この者たちは、遺跡の調査を望んでいるのでしょう。

 ならば俺が同行する。理を乱さぬよう、俺が導く」


 族長は長い沈黙ののち、重く頷いた。


「……よかろう。

 ライゼスがそう言うならば、この者たちを預けるとしよう」


 戦士たちが弓を下ろす。


 ライゼス・クーガーは三人に歩み寄り、静かに言った。


「ようこそ、観測者たち。

 ここから先――俺が同行する」


 これが祈りの先の理解、そして、理により深く干渉する旅路の道標、ライゼス•クーガーとの出会いだった。

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