50.剣と理性の不調
森がこちらを“見返した”かのような応答の直後、今まで静かだった空気が、どろりと粘りを帯びて流れ込んできた。
木々が再びざわめき、マチルダが剣を抜くより早く、木陰から複数の黒い影が飛び出してきた。
「……来たっ!」
灰色の体毛をまとい、額に小さな角を生やした山猫たち。
体毛の下で青い燐光が脈打つように揺れ、その動きは獣の姿に似合わず不気味に跳ねる。
跳躍も軌道も、何かに引かれるように突然ねじれ、予測が追いつかない。
「ちっ……読みづらいなぁ!」
マチルダの剣が獣の突進を弾く。
だが――いつものように力が通らない。
(っ⁉︎ 手ごたえが……おかしい!)
追撃を加えようと踏み込んだ瞬間、獣は直角に跳ね、マチルダの刃が空を切った。
「マチルダさん! 右です!」
叫ぶイリスの表情も険しい。
「……っ、だめっ、魔法の制御が……!」
指先に集めた光が、一度ぶれ、そのまま勝手に別の形へと収束していく。
詠唱とはズレたタイミングで魔法が“勝手に完成”した。
――発動。
光の奔流が斜め前方の木々をまとめて吹き飛ばす。
「ちょっ……今の、狙ってないよね!?」
「もちろんです! でも……制御できません……ッ」
イリスはこめかみを押さえ、痛みに顔をゆがめた。
「声が……何かの声が、頭に直接……響く……! これ……精霊なの……?」
自分の意思よりも速く精霊に“翻訳されている”感覚。
魔法が制御できないまま暴走気味に完成し、方向や威力が定まらない。
一方でマチルダの身体には、力が外へ散るような、森に吸われていくような違和感がまとわりついていた。
「畜生……こんなに手こずるなんて! ドラゴンの方がよっぽどマシだよ!」
カイトは数歩下がり、理の流れを観測するように目を細めた。
――光が、普段より鮮やかに見える。
イリスの周囲にはまとわりつくように集まり、
反対にマチルダからは逃げるように離れていく。
特に振るう剣からは、光が避けるように軌跡を変えている。
「二人とも! 離れちゃダメだ! イリス、弱くでいい、剣に魔法を!!」
カイトの声に、マチルダが瞬時にイリスの前へ走り込む。
「うっ……先鋭化……!」
淡い光がマチルダの剣を包む。
「これなら……そらっ!!」
ザシュッ。
鋭い銀線が走り、一刀で一匹を斬り伏せる。
切り返しでもう一匹を倒し、マチルダが残りへ踏み込んだ――その瞬間だった。
ヒュッ――ドス、ドスッ。
山猫たちの身体に、一斉に矢が突き刺さる。
「そこまでだ!」
森の奥から、硬く鋭い声が響き渡る。
「動くな、侵入者ども!!」
気配も音もないまま、影が木々の間から滑り出る。
狼の耳と尾を持ち、人の体躯に獣の反射神経を備えた――狼人族の戦士たちが、三人を完全に囲んでいた。
すべての弓がこちらへ向けられる。
「いつの間に……」
カイトが呆然とする。
マチルダの頬を冷たい汗が伝った。
「まいったね、こりゃ……」
(これだけ囲まれて、矢を番えられていたのに気づけないなんて。狙われていたら、カイトもイリスも確実に死んでいた……)
「侵入者たちよ。
この森の風を乱すのは、我らの掟に反する」
「まっ、待ってください! 違うんです! 襲われたので……!」
イリスが必死に声を上げるが、先頭の戦士が冷然と告げた。
「言い訳は要らぬ。
そもそも戦闘ではない。お前たちの“観測”が原因だ。森がざわついている」
その言葉に、カイトは息を呑む。
(俺たちの……観測が……?)
戦士は低く、しかし断固とした声で続けた。
「この地で、精霊の声が届くほどの領域で、理を乱すなど――許されぬ」
お読みいただきありがとうございます。
色々と重なり更新頻度が落ちてしまい申し訳ありません。
ゆっくりですが進めていきますのでお付き合いのほどよろしくお願いします
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