5.旅路と静かな夜
修士論文を終えた青年・丸山海斗は、階段を踏み外し異世界オリジンへと墜ちた。
森で魔物に襲われ、猫の剣士ダルニャータと、その妻シルヴィーに救われる。
二人に導かれ、この世界の名を知った海斗は、
“教授”エリカ・ランディーニを訪ねるため、新たな街を目指して旅立つ。
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大渓谷を抜ける風は、砂を含みながらもどこか心地よかった。
木々は減り、地面は乾き、空が大きく広がっていく。
遠くに霞む丘陵の向こうに、金属のような光を反射する建物の影――それがミルダートだと、シルヴィーが指差した。
「あと二日ってところね。途中で野営を挟めば、夜明けには街が見えるはず」
「街が見えるのがこんなに嬉しいの、人生で初めてかもしれない」
「そりゃそうニャ。文明の灯りは旅人にとっての祝福ニャ」
バイクを降り、彼らは緩やかな丘の中腹に野営地を作ることにした。
陽が傾くにつれ、空の色が紫から群青へと変わっていく。
カイトは手際よく枝を集め、焚き火の準備を手伝った。
「君、火の扱いは慣れてるニャ?」
「キャンプってほどじゃないけど、大学でゼミ合宿とかなら」
「ふむ、それなら十分ニャ。ほら、これを使うといいニャ」
ダルニャータが差し出したのは、指先ほどの透明な石。
中心が淡く赤く光っている。
「魔導着火石。火打石の親戚ニャ。砕けば精霊がちょっとだけ火を貸してくれるニャ」
「精霊が……貸してくれる?」
「うん、貸すの。返さないと怒るから、使いすぎ注意ね」
シルヴィーが冗談めかして笑い、手際よく携帯鍋を火にかける。
香ばしい匂いが漂い始めた。
中で煮えているのは、乾燥肉と香草を溶かしたスープらしい。
湯気に混じって、どこか金属のような匂いが鼻をくすぐる。
「……いい匂いだけど、ちょっと独特だな」
「魔獣の肉よ。体内の魔素が残ってると、ちょっと鉄っぽい香りがするの。
でも慣れると癖になるわ」
一口飲むと、舌の上に熱が広がった。
塩気は控えめで、香草が強い。けれど、体の奥から力が湧いてくるような感覚がある。
食べ慣れた世界の味ではない――けれど、不思議と悪くない。
「ふむ、口に合うかニャ?」
「うん……思ってたより美味しい。なんていうか、体が“欲しい”って言ってる感じがする」
「それが魔素ニャ。この世界の食は、味だけじゃなく力の流れも整えるニャ」
焚き火の火がぱちりと弾け、夜の帳が降りた。
見上げた空には、二つの月が淡く輝いていた。
一つは白く大きく、もう一つは薄青い輪郭だけを残して揺らめいている。
無数の星々がその隙間を流れ、川のように煌めいていた。
「……すごい。地球の夜空とは全然違うけど、綺麗だな」
「オリジンの空は、どの世界の星も映すニャ。
落ちてきた世界の記憶が、光の層になって流れてるのニャ」
風が、焚き火をかすかに揺らした。
魔導バイクの金属が夜露に光り、ドローンのランプが静かに点滅している。
この世界に来て初めて、海斗は“静かな夜”を感じていた。
(怖くない。……少し、不思議だけど)
湯気の残るカップを両手で包みながら、彼は夜空を見上げ続けた。
見知らぬ世界の星々が、どこか懐かしく瞬いていた。
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