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零界を旅する一般人  作者: 獏麒


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49. 観測者の目を考察する


 ユグルヴァインへ向かう旅、二日目。


 朝露が靴底を濡らすたび、森の奥から吹き寄せる空気は昨日より確実に重さを帯びていた。

 木々は密に寄り添い、枝葉が風を裂くせいで、足音は妙に吸い込まれていく。

 近くで鳴いているはずの鳥の声も、どこか遠く聞こえる。


 そんな中、マチルダがひょいとカイトの横に歩み寄る。


「前から気になってたんだけど、どうしてカイトは“理が見える”んだい?

 魔力も戦闘経験もろくにないのに。カイトがいた世界では普通なのかい?」


「元の世界で見えることなんてなかったなぁ……俺もよくわからないけどさ、この世界に来たばかりの頃は何も見えなかったんだ。

 でも、ヘルダム・シンに着いたあたりから……自然と、視界に入ってくるようになった感じで」


 歩きながら、改めて言葉にしてみても、自分でもしっくりこない。

 カイトの声には、まだ戸惑いが混ざっていた。


 イリスが振り返り、小さく指を立てた。

「実は、私なりの仮説があるんです」

 銀縁眼鏡に反射する光の奥で、イリスの瞳が静かに思考を宿す。


「まず、カイト君は"魔力を一切持たないまま"この世界へ落ちてきました」


「だろうね。魔力、魔法のない世界からの落人だから持ってる方がおかしい」

 マチルダが納得したように頷く。


「そして、魔力を持たないまま大渓谷を越え、古代遺跡を歩き、この世界の食事を取り続けた。

 その過程で、“魔素に混ざった理”だけを少しずつ身体に取り込んだんだと思います」


「それ、身体に悪いとか……?」

「んー、悪いとかは無いと思いますよ。魔力がないからこそ、純粋に理だけを取り込んでると思います」

「なるほど、安心した」

 カイトは胸をなで下ろしながら、もう一度自分の手を見る。


「そして最後に、元々カイト君が持っていた研究での観察力や考察力。

 その生来の能力と取り込んだ理が混ざって、“理を観測する目”として発現した――と私は考えています」


 カイトは無意識に目頭を押さえた。

「混ざって発現した……ってことか」


「ええ、この世界は、色々な世界から落ちてきたモノが混ざりあって新しい形となって続いていきます。

 だから、身体に取り込んだものが影響を及ぼし、形を変えるのは何も不思議じゃありません。世界も私達も同じです」


「ほー、じゃあカイト以外にも理が見える人がいるかもしれないってことかい?」

 マチルダが笑う。


「はい、可能性はあります。でも、魔力を持つ人は純粋な理だけを見るのは難しいです。魔力のフィルターが必ずかかるから。

 なので魔力がないままのカイト君の観測は、世界がそのまま見える、嘘や捻じれが入りようがなくて貴重なんです」


 イリスは少し照れたように、しかしはっきりと言った。


「……私は、それが羨ましいんですよ。

 理に触れているはずなのに、自分の魔力がどうしても邪魔をする時があるので」


「いや、そんな大層なもんじゃ……」

 と否定しながらも、カイトは胸の奥で、ひっそりとした緊張を覚えていた。


 ――理を見る目。

 いつの間にか備わった力。便利だから使ってきた力。

 ただの観測だと思っていた。

 だが、もしそれが“祈りよりも強く理に触れてしまう行為”なら――


 自分の観測が直接、理に干渉する能力だと気付いた途端に、その重さが実感としてのしかかってくる。


(……俺は、この力をどう扱えばいいんだろう)


 三人の会話が途切れた、その瞬間――


 ざわり、と森全体が揺れた。


 風でも、獣でもない。

 まるで森そのものが“応えた”かのように、枝葉がわずかに震えた。


「……今の、感じたかい?」

 マチルダが剣にそっと手を添える。


「ええ。何かに反応されたように思います。」

 イリスが顔をしかめ、ひとつ息を呑む。


 道は、静かに、しかし確実に“深部”へと続いていた。


お読みいただきありがとうございます!


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