46. 研究室で返答を知る
翌朝、研究塔の風はやけに穏やかだった。
昨日の訓練のせいで、カイトの身体は見事に筋肉痛に支配されている。
階段を上がるだけで軋む足に、思わず顔をしかめた。
「……教授、俺、今日だけは観測者じゃなくて患者でもいいですか」
「却下だね」
エリカは迷いなく言い放ち、カップのトマトジュースを机に置いた。
「筋肉が悲鳴を上げてるなら、ちょうどいい。見ることに集中できる。観測の精度が上がるよ」
「そんな励ましあるんですか……」
「研究者ってのはそういう職業だよ」
イリスが笑いながら魔導板を操作する。
研究室の照明が淡く光り、実験準備の合図が点灯した。
「今日は少しだけ、祈りを観測してみようと思う」
教授の言葉に、二人は顔を上げる。
「祈りを……?」
「ええ。先日の塔の観測結果を整理していてね。
――祈りが理に干渉し、揺らぎを生む。
つまり、祈りが“応えられた”と見るべき現象があった。
それを、制御された環境下で確認したい」
机の上には白紙を敷き、その中央に水を満たした小皿。
四隅には試作コア。
そして小皿のそばには、幾何学紋様が刻まれた細い棒状の祭具が置かれていた。
「教授、これは?」
「古代の祭具を参考に私が再構築したものだよ。
魔力ではなく、祈りの“意志”を伝えやすくする媒介器だ」
「今回は詠唱も魔導式も使わない。祈るだけだ」
教授は椅子を回し、二人を見た。
「イリスが祈り手。カイトは観測者。私は制御と記録を担当する」
「了解です。どんな祈りを?」
「そうだね……まずは“小皿の水を動かしたい”くらいで十分だ。
純粋に“そこにあるもの”に向けて」
イリスは頷き、祭具を手に胸の前で両手を組んだ。
塔の空気が静まり、外の風の音が遠ざかる。
その瞬間、カイトの視界に細い光の線が走った。
理の流れが微細に震え、小皿の周囲に淡い波紋が広がっていく。
それは光でも音でもなく――“意味”の揺らぎだった。
「……教授、水面の輪郭が揺れてる……」
「記録して。反応域を少しずつずらして観測したい」
イリスの祈りは言葉ではなく、静かな呼吸のようだった。
ただ“願う”。
それだけで、理の粒子が揺れ、小皿の表面が淡く脈動する。
次の瞬間、魔力計が一度だけ逆位相を示した。
「……今のが、理が“返した”反応だろうね」
教授の声が低く響く。
「返した……⁉︎」
「祈りに対して理が共鳴したということさ。
わずかだけど、観測者側の意志に干渉している」
イリスが息を呑んだ。
「つまり、理が私たちを……見ている……?」
「そう。祈りは一方通行じゃない。
理は“観測される”と同時に、“観測し返す”」
塔の空気がわずかに震えた。
風が窓を揺らし、水面に淡い光の残滓が浮かぶ。
それは一瞬、心臓の鼓動のように脈動し――すぐに消えた。
「終了。これ以上は試作コアの負荷が大きい」
教授が魔導板を閉じる。
静寂が戻り、空気が落ち着いていく。
「……理が返す祈りなんて、初めて見ました」
イリスが小さく息をついた。
「観測上は偶発だ。でも、確かに揺らいだ」
教授はノートを開き、筆を走らせる。
『理の反応:微光、逆位相、波形持続3.8秒。
観測者の感情との相関を確認。』
「理は……感情の“方向性”を記録している可能性があるね」
「感情そのもの、ではなく……向き、ですか?」
「そう。想いの軌跡、と言ったほうが近いかな」
カイトは水面の残光を見つめながら呟いた。
「じゃあ……祈りは、理にとっても“観測”なんですね」
教授は筆を止め、静かに笑う。
「そうだね。
理は私たちを記録している。
祈りは……その通信手段なのかもしれない」
窓の外で風が鳴った。
塔の上層から差し込む光が、三人の影をひとつに重ねていった。
お読みいただきありがとうございます
お時間あればポチッと評価、感想、ブックマークお待ちしております^_^
今後もよろしくお願いします




