44. 嵐に巻き込まれる観測者
翌朝。
研究塔を抜けてきた風が、街の空気を変えていく。
騒がしかった夜の喧騒は消え、アーカム・ネリアの通りには屋台の香辛料と焼きたての香ばしいパンの匂いが漂っている。
その穏やかな光景を眺めながら、カイトは深呼吸をした。
「……久しぶりの休みだ。何するかな」
肩の荷が降りたような声で呟くと、背後から聞き慣れた低い声が返る。
「坊、暇そうだな」
振り向けば、ジェイジーがいつもの鎧装備ではなく上着姿で立っていた。
煙草はくわえていない。代わりに、手には紙袋が一つ。
「おはよう……ございます?」
「あぁ?」
「いや、探索の時は気にしなかったけど……ジェイジーって結構年上じゃん?」
「かーっ、真面目だなぁ坊。一緒に冒険したんだ。もう仲間だろ? お堅くいくのは無しにしようぜ。
でだ、坊。暇だろ? ……だよな? お前も着いてこい」
唐突な言葉にカイトが目を瞬かせていると、もう一人の声が元気よく割り込んだ。
「いいね、それ! 買い物の手を増やしたかったところだ!」
ジェイジーのさらに後ろから登場するマチルダ・ハートランド。
鎧の上に薄手のマントを羽織り、陽光を背に笑っている。
「エリカがあの調査報告をまとめてる間は、皆休暇だよ。次のは私も行くからね。
せっかくだから、少し街を歩こうじゃないか」
「歩くって、さっきめっちゃはっきり荷物持ちって言ってましたよね?」
「まぁ、諦めろ。俺も捕まったんだ。……一緒に生贄になろうぜ」
カイトが逃げられないようにと、ジェイジーが肩を組みながら声を発した。
その言葉に、半ば呆れながらも――これからもこうして巻き込まれるのが自分なんだろうなと、カイトは悟った。
⸻
午前の街は活気に満ちていた。
露店には香辛料をまぶした三つ目魚の串焼きや、魔獣由来のよくわからない肉が並び、ワゴンには色とりどりの果物が積まれている。
風に乗って鉄板の音と呼び声が交錯した。
マチルダが屋台の串焼きを三本掴み、カイトに一本押しつける。
「ほら、栄養補給だ。身体を作るのは肉だぞ」
「……朝からですか?」
「朝からだ」
「賛成だな」ジェイジーが受け取って一口齧る。
「坊はもう少しがっしりしてもいいと思うぜ」
カイトは串を手に、通りを行き交う人々を眺めた。
誰もが慌ただしく、しかしどこか幸せそうだった。
あの遺構の冷たい風を知ったあとでは、この喧騒すら愛おしい。
⸻
散々マチルダの買い物に付き合い、食べ物や雑貨、よくわからない置物が大量に入った袋を、ジェイジーと二人で分け合って持つ。
「なぁ、坊」ジェイジーが荷物を抱えながら、ふと口を開いた。
「いくら観測者って言っても、もうちっとばかし戦えるようになったほうがいいんじゃねぇか?」
「えっ……?」
「嬢ちゃんに守られっぱなしも悪くねぇが、せめて自衛くらいはな」
マチルダがぱちんと指を鳴らした。
「ふむ、楽しそうだな! よし、早速ギルドでカイトを鍛えよう!」
「えっ? 強制参加?」
「もちろんだとも!」
「……言った手前だが、俺も行くの?」ジェイジーが心底面倒そうに言う。
「もちろんだとも!」マチルダが笑顔で二度目を言い放つ。
カイトは小さくため息をつき、空を見上げた。
高く澄んだ空に、白い雲がひとつ。
「……今日は休暇だったんだけどなぁ」
「体を動かすのも休暇の一環だ!」
「……言葉だけは正しいですね。マチルダさんが相手じゃなきゃ」
「坊、嵐に巻き込まれたと思って諦めようぜ」
しみじみとジェイジーが呟く。
二人の心持ちとは反対に、笑い声と喧騒が広がる通り。
街の風が頬を撫で、三人の歩調がゆっくりと重なっていった。
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