表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零界を旅する一般人  作者: 獏麒


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/51

43.英雄たちの酒席


 報告の夜が明け、ようやく息をつける夜が来た。

 翌晩、カイトたちは「風巡り亭」に集まって、ささやかな打ち上げを開いていた。


 テーブルには料理と酒瓶が並び、皿から立ちのぼる湯気に照らされてグラスが光る。

 その匂いだけで、荒れ果てた山岳地帯の記憶が少しずつ遠ざかっていくようだった。


「いやぁ、あの風はもうごめんだな」

「ほんとです……髪が未だにバルムの砂で軋む気がします」

 イリスが苦笑し、カイトは湯気の立つグラスを掲げた。

「何はともあれ、無事に帰れた。それが一番だ」


 教授は案の定いない。誘ったが、研究室でトマトジュース片手に「成果が酒より酔える」と上機嫌に断られた。

 ジェイジーは隣で煙草をふかしながら、静かに酒を煽っていた。

 グラスが卓上で小さく音を立て、夜の空気が穏やかに流れる。


 そんな中――。


 ドン、と扉が勢いよく開いた。

 振り返ると、マントを翻しながら一人の女が入ってくる。


「エリカからここだと聞いて来た!」


 快活な声。

 短い黒髪、軽鎧の肩口には風を象る紋章。

 マチルダ・ハートランドが、王都からの報告を終えて帰還したのだった。


「マチルダさん!」

 イリスが立ち上がり、笑顔で駆け寄る。

「おかえりなさい。王都での報告、無事終わったんですね」

「まぁね。書類地獄からようやく解放された。……って、あら?」


 マチルダの視線が、酒瓶を手にしたジェイジーに止まる。

 見慣れない顔。けれど、どこか懐かしい“戦場の匂い”がした。


「ふむ、ずいぶん悪そうな顔をしているな。あなたは誰だい?」

「あぁん? 俺はJ・G・ハスターだ」

 ジェイジーは椅子を回し、面倒くさそうに立ち上がる。

「そう言うあんたは……もしかしてマチルダ・ハートランドか?」

 一瞬目を丸くし、「おいおい、大物じゃねぇか」


「ん? まぁ、それなりだよ」

 マチルダは肩をすくめ、にやりと笑った。

「だが、ジェイジー……ジェイ・ジー……ハスター。ハスター卿か」


「ハスター卿?」

 カイトが首を傾げる。


「なんだ? 知らなかったのかい?

 功績を残した人に一代限り与えられる名誉貴族として登録されてる有名人だよ」


「えぇっ!?」

 イリスが驚いて目を丸くする。

「ジェイジーさんが……貴族!? 全然見えません!」


「俺自身、受け入れてねぇからな」

 ジェイジーが片手を上げ、ぶっきらぼうに言った。

「昔、たまたま拾った称号だ。面倒だから放っといてる。

 それよりマチルダ嬢だよ! 嬢ちゃんも坊も何もねぇのかよ!」


 マチルダが笑いながらグラスを手に取る。

 ワインが赤く灯り、笑い声に反射してきらめいた。

「マチルダさんに……?」

 カイトとイリスが顔を見合わせ、同時に答えた。

「頼りになるトラブルメーカーの酒飲み、くらいですかね」


「嘘だろ! ひでぇ紹介だな!」

 ジェイジーが噴き出す。

 マチルダはグラスを傾けながら、涼しい顔で返す。

「反対にジェイジー、あんたはなんでそんなに興奮してるんだい?」


「あぁ? そりゃあんた、最強だぞ。

 冒険者なら――いや、戦う人間なら年代問わず憧れの存在だろうが」


 カイトが呆れ顔で口を挟む。

「言葉だけだとわかりますけど、実物を知ると……うん、なんというか」


「なんだい、カイト。わたしに不満でも?」

 マチルダがわざとらしく眉を上げる。

 カイトは苦笑しながら頭を掻いた。

「いえ、尊敬してますよ。……でも、“平和な打ち上げ”がまた遠のいた気がします」


 ジェイジーが爆笑した。

「はっ、打ち上げは盛り上がってなんぼだ!」


 その言葉に応えるように、皆が笑った。

 夜風が窓を揺らし、グラスの中の氷が小さく鳴る。

 店の外では、アーカム・ネリアの灯りが穏やかに瞬いていた。


 そしてその風は、遠くの塔の方角へと流れていった。

 まるで、理の眠る場所に“笑い声”を運ぶように――。

読んでいただきありがとうございます


ブックマークや評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ