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零界を旅する一般人  作者: 獏麒


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38/51

38. 古代文明の到達点


「……なんとかなったな」


 塔内部に無理やり突入し、辛くも嵐を逃れた三人。

 カイトが壁際にもたれ、荒い息を整えながら呟いた。

 外の狂風とは対照的に、内部はまるで世界が切り取られたような静寂に包まれている。


 通路は淡く青白い光を帯び、空気は凍るほど冷たい。

 風は一切吹かず、代わりに微かに響く――低い“脈動”のような音。

 まるで塔そのものが呼吸しているかのようだった。


「……この静けさ、逆に落ち着きませんね」

 イリスが杖を構え直す。

 足元の床には細かな魔導刻印がびっしりと刻まれ、その一部が規則的に点滅している。

 まるで誰かがまだ装置を操作しているかのようだ。


「理の流れが……外とは完全に独立してる。

 ヘルダム・シンで見た“断裂”の完成形、ってところか」

 カイトが魔導板のデータを読み取る。

 数値の波形は外より安定しており、明確な“循環”を示していた。


「……この塔の中だけは、古代のままってことか」

 ジェイジーがぼそりと呟き、盾を背に立ち上がる。

「嬢ちゃん、坊、進むぞ。嫌な気配はねぇが――静かすぎる。こういうときは、大抵ロクなことにならねぇ」


 三人は通路を進む。

 壁には風を象徴する文様が彫り込まれ、ところどころに古代語の文字列が浮かび上がっていた。

 それは記録装置でもあり、制御端末でもあった。

 イリスが一つの壁面に手をかざすと、薄い光が反応し、乱れた映像が投影される。



『――魔導気象塔〈エアロポリス〉第七制御区・管制記録。

 理ノ流動安定化、実験段階β−3へ移行。

 擬似精霊ヲ コア領域ニ 組込ミ、気象循環ノ自律運用ヲ開始ス――』



「……擬似精霊?」

 イリスが息を呑む。

 投影された古代文字が崩れ、別の行に置き換わる。



『※備考:擬似精霊ノ組込ハ理ノ制御下ニアルガ、出力ハ不安定。

 過剰干渉ノ兆候アリ。観測者ノ存在ヲ検知――自律行動ヲ開始ス。』



「観測者……? 自律行動って……」

 カイトが呟く。

 嫌な予感が背筋を這い上がる。

 ジェイジーは煙草を指で転がし、鼻で笑った。


「なんだぁ? 精霊の真似事をしたら、勝手に動き出したってか。

 ……嬢ちゃん、そんなもん作れるのか? 精霊もどきなんざ」


「いいえ。今の技術じゃ絶対に無理です。

 精霊の構造を完全に捉えることも、まして同じものを創ることも……」

 イリスは壁面をなぞり、崩れた回路図を読み取る。

「理の循環を制御し、天候を意図的に再現するために“人格”を与えた……?

 それは、つまり……理を模倣して動かす存在を生み出した――」


「――神の領域に、片足突っ込んでたってことだな」

 ジェイジーが呟き、肩に担いだ盾を軽く叩く。

「まったく、教授の言ってた“理に近づいた文明”ってやつぁ、ロクなもんじゃねぇ」


 その時、塔全体が低く鳴動した。

 床の刻印が一斉に明滅し、冷気が空気を震わせる。


「反応が上がった……動き出してる?」

 カイトの声に、イリスが顔を上げた。

 管制記録の最後の行が光り、淡く滲む。



『――観測開始。応答ヲ確認ス。』



「……お互いに観測者を“見つけた”みたいですね」

 イリスの呟きに、カイトの背筋が強張る。

 ジェイジーは無言で盾を構え、呼吸を一度だけ整えた。


 風のない塔の中、

 ただその言葉だけが、確かに世界を震わせた。

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