38. 古代文明の到達点
「……なんとかなったな」
塔内部に無理やり突入し、辛くも嵐を逃れた三人。
カイトが壁際にもたれ、荒い息を整えながら呟いた。
外の狂風とは対照的に、内部はまるで世界が切り取られたような静寂に包まれている。
通路は淡く青白い光を帯び、空気は凍るほど冷たい。
風は一切吹かず、代わりに微かに響く――低い“脈動”のような音。
まるで塔そのものが呼吸しているかのようだった。
「……この静けさ、逆に落ち着きませんね」
イリスが杖を構え直す。
足元の床には細かな魔導刻印がびっしりと刻まれ、その一部が規則的に点滅している。
まるで誰かがまだ装置を操作しているかのようだ。
「理の流れが……外とは完全に独立してる。
ヘルダム・シンで見た“断裂”の完成形、ってところか」
カイトが魔導板のデータを読み取る。
数値の波形は外より安定しており、明確な“循環”を示していた。
「……この塔の中だけは、古代のままってことか」
ジェイジーがぼそりと呟き、盾を背に立ち上がる。
「嬢ちゃん、坊、進むぞ。嫌な気配はねぇが――静かすぎる。こういうときは、大抵ロクなことにならねぇ」
三人は通路を進む。
壁には風を象徴する文様が彫り込まれ、ところどころに古代語の文字列が浮かび上がっていた。
それは記録装置でもあり、制御端末でもあった。
イリスが一つの壁面に手をかざすと、薄い光が反応し、乱れた映像が投影される。
『――魔導気象塔〈エアロポリス〉第七制御区・管制記録。
理ノ流動安定化、実験段階β−3へ移行。
擬似精霊ヲ コア領域ニ 組込ミ、気象循環ノ自律運用ヲ開始ス――』
「……擬似精霊?」
イリスが息を呑む。
投影された古代文字が崩れ、別の行に置き換わる。
『※備考:擬似精霊ノ組込ハ理ノ制御下ニアルガ、出力ハ不安定。
過剰干渉ノ兆候アリ。観測者ノ存在ヲ検知――自律行動ヲ開始ス。』
「観測者……? 自律行動って……」
カイトが呟く。
嫌な予感が背筋を這い上がる。
ジェイジーは煙草を指で転がし、鼻で笑った。
「なんだぁ? 精霊の真似事をしたら、勝手に動き出したってか。
……嬢ちゃん、そんなもん作れるのか? 精霊もどきなんざ」
「いいえ。今の技術じゃ絶対に無理です。
精霊の構造を完全に捉えることも、まして同じものを創ることも……」
イリスは壁面をなぞり、崩れた回路図を読み取る。
「理の循環を制御し、天候を意図的に再現するために“人格”を与えた……?
それは、つまり……理を模倣して動かす存在を生み出した――」
「――神の領域に、片足突っ込んでたってことだな」
ジェイジーが呟き、肩に担いだ盾を軽く叩く。
「まったく、教授の言ってた“理に近づいた文明”ってやつぁ、ロクなもんじゃねぇ」
その時、塔全体が低く鳴動した。
床の刻印が一斉に明滅し、冷気が空気を震わせる。
「反応が上がった……動き出してる?」
カイトの声に、イリスが顔を上げた。
管制記録の最後の行が光り、淡く滲む。
『――観測開始。応答ヲ確認ス。』
「……お互いに観測者を“見つけた”みたいですね」
イリスの呟きに、カイトの背筋が強張る。
ジェイジーは無言で盾を構え、呼吸を一度だけ整えた。
風のない塔の中、
ただその言葉だけが、確かに世界を震わせた。




