35.ベテランの値踏み
そう口にするジェイジーが立ち上がると、背の盾が重く鳴った。
装備の金属音が周囲の喧騒の中でも一際響く。
彼の視線は真っ直ぐで、どこか値踏みするように鋭い。
「で、どっちが頭使う方で、どっちが突っ込む方だ?」
「え?えーっと彼女は両方できて、俺はまだ前者です」
「ほぉ。じゃ、俺が守る間にちゃんと結果を出してもらおうじゃねぇか」
イリスが苦笑を浮かべる。
「頼もしい……ような、怖いような」
「どっちも正解だ、嬢ちゃん」
ハスターは懐から金属製の小箱を取り出し、煙草に火を灯した。
紫煙がゆるやかに揺れ、窓から差し込む風に溶けていく。
「……俺は盾だ。前に立つ。それが仕事だ。
だが、俺が盾を構えるのは守る価値がある奴のときだけだ。
――坊、お前らはどうだ? ただのカカシか?」
唐突な問いに、カイトは一瞬言葉を失う。
イリスが横目で彼を見た。
そして、カイトは小さく息を吐いて言う。
「……俺は観測者として遺跡に挑みます。それ以上でも、それ以下でもありません。
ただ、今は失われた世界の在り方を、自由な魔法を取り戻すためにここにいます」
ハスターは短く笑った。
「はっ なら、みせてもらおうじゃねぇか。その失われた世界ってやつをよ」
それは、どこか試験に合格した生徒を見送る教師のような笑みだった。
「気に入った。――坊、嬢ちゃん。
命を落とすなよ。そうすりゃ、俺が盾である意味も生きる」
そう言って、ハスターは立ち上がる。
外では、山風が唸りを上げていた。
新たな旅路の始まりを告げるように。
ギルドを出ると、街はすでに夕闇に包まれ始めていた。
山岳地帯特有の冷たい風が吹き下ろし、街灯の魔導ランプがぽつぽつと灯り始める。
ジェイジーは煙草をくわえたまま、街道の先を眺めていた。
「明日の夜明けには出る。山の天気は気まぐれだ、風が荒れる前に峠を越える」
「了解です。必要な補給はギルドで済ませておきます」
イリスが手早くメモを取る。
ハスターはその横顔をちらりと見て、薄く笑った。
「嬢ちゃん、あんた……戦い慣れてねぇ顔してんな」
「えっ……そ、そうですか?」
「いいや、悪い意味じゃねぇ。臆病な奴ほど、仲間を死なせねぇ」
短く言い残して、ハスターは路地を歩き出した。
その背中には、長年の旅と戦いを重ねた者の重みがあった。
「……不器用だけど、悪い人じゃなさそうですね」
「ああ、ただめちゃくちゃ面倒なタイプだな」
カイトが苦笑し、イリスも同意するように肩をすくめた。
二人の視線の先で、ジェイジーは煙草を指で弾き、空を仰ぐ。
西の空では、沈みかけた太陽が雲を赤く染めていた。
風がその光を攫うように吹き抜け、街の鐘が遠くで鳴る。
「――風が荒れる遺跡か」
カイトが小さく呟く。
彼の目に、どこか懐かしさのような光が宿っていた。
理を見つめ続ける観測者の眼差し――それは、次に訪れる嵐を予感しているようでもあった。
イリスはその横顔を見て、穏やかに微笑む。
「きっとまた、理に試されるんでしょうね」
「だとしても、そのまま“見てるだけ”じゃ終われない」
「ふふ、ですね。教授の分まで頑張りましょう」
冷たい夜風が三人の間を通り抜ける。
ジェイジーが小さく鼻で笑い、盾のベルトを締め直した。
「若ぇのに、随分肝が据わってるじゃねぇか。……ま、せいぜい俺を退屈させんなよ、坊、嬢ちゃん」
その声を合図に、夜の山風が一段と強く吹き抜けた。
その風は、次に彼らが踏み込む〈バルム遺構〉への序章を、確かに告げていた。
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