31. はじめてのおつかい
朝のアーカム・ネリア。夜霧の名残を、暖かな陽光が切り裂くように晴らしていった。
夜通し灯っていた魔導灯が一つ、また一つと消えてゆき、通りには屋台の仕込みの音が戻ってくる。
その静かな喧噪の中を、カイトは湯気の立つカップを片手に歩いていた。
「……ようやく、普通の朝って感じだな」
口にしたコーヒーは少し苦く、それが妙に現実味を帯びて感じられる。
数日前まで古代遺跡の最下層で理を修復していたことが、今では遠い昔のようだった。
ギルドへの報告も終わり、教授――エリカは早速研究室に籠り、夜通しで解析を始めたらしい。
イリスはその助手として、山積みになった資料の整理に追われている。
マチルダはと言えば、王都へ報告書を届けに行くついでに、王立騎士団の訓練に顔を出すのだとか。
それぞれが忙しそうに動いている中、カイトだけが久々に予定がない朝を迎えていた。
――もっとも、出がけに教授から“お使い”を頼まれたので、完全な休日とは言えなかったが。
「こういうの、悪くないな……というより、一人で行動するのはこの世界に落ちてきた時以来か?」
街路樹の間を吹き抜ける風に髪を撫でられながら、カイトは小さく息をついた。
冒険者ギルドの掲示板は今日も依頼書で埋まっている。
新人冒険者たちが真剣な顔で紙を取り合い、受付嬢の声が飛び交う。
いつも通りの喧噪――それが、なぜか心地よかった。
「お、カイトじゃないか!」
背後から声をかけられ、振り返ると、整備服姿の青年が手を振っていた。
装具屋〈リュケオン工房〉の職人で、彼の装備を整えてくれるローデンだ。
「この前の整備品、もう上がってるぞ」
「助かる。装備の修理ってもっとかかるのかと思ってた」
「革鎧とかは殆ど問題なかったんだけどな。魔導コンロとかの魔道具類は軽度の不調があった。まるで大量の魔力を浴びてたみたいだ」
「遺跡の中心まで行ったからな」
「そこまで行って軽度の不調なら、うちの防具と魔道具はちゃんと仕事したってことだな」
ローデンは笑って肩を叩いた。
修理済みの革鎧を受け取り、街を歩く。
市場では香草と焼きたてのパンの匂いが漂い、教会の鐘が正午を告げる。
露店で買った甘い果実を齧りながら、教授から頼まれた買い物を思い出す。
冒険者用の保存食を取り扱う雑貨屋へ向かう途中、教会のそばの公園で、ふと聞き慣れた声が耳に届いた。
「ニャハハハ! 吾輩は九つの魂をもつ魔王ダルニャータであるぞ!」
「出たな! 魔王!」
ダルニャータが数人の子どもたちと棒切れを振り回していた。
「ダルニャータ、何やってんの?」
「むっ! 賢者カイト! 勇者の助太刀に来たニャ?」
「いや……。 ……よくわかったな! 勇者たちに精霊のご加護が込められた宝玉を持ってきたんだ!」
「そ、それは……! ぐ、ぐわぁぁー! やられたニャあ……!」
子どもたちが笑い転げ、ダルニャータは派手に地面へ倒れ込んだ。
「それで、ダルニャータ何やってたの?」
「あの子達は、教会に併設されてる孤児院の子らニャ」
公園で走り回る子どもたちを見ながら、ダルニャータは優しく言った。
「孤児院からの依頼で、たまに面倒を見てるニャ」
「孤児院……」
「そうニャ。戦争、魔物の氾濫、病疫、天災――いろんな理由で親を失う子はまだまだ多いニャ」
その声音には、いつもの軽口とは違う静けさが混じっていた。
カイトはしばらく無言で、風に揺れる木漏れ日を見上げた。
「それでも、皆この混ざり落ちた世界で一生懸命に生きてるニャ! カイトはこれからどこ行くニャ?」
ダルニャータの明るい声に引き上げられ、カイトも用事を思い出す。
「あぁ……教授から言われて、えーっと……“スーパートマトマックス……? Exチャージ? ……ドラゴンブラッド風味?”
なんだこの飲み物……」
「教授がいつも飲んでるやつニャ。常人が飲んだら三日は寝られないって言われてるニャ」
「……教授ってすごいんだな……」
そう呟きながら、カイトは笑い、再び街の喧騒の中へ歩き出した。
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